恋の人、愛の人。
店を出たばかりの梨薫ちゃんを追った。

「待て!おい、大丈夫か…」

腕を掴まえた。

「え、あ、陽佑さん…私、また…」

駄目だ、こんな調子で帰ってるから心配してくれたんだ。

「うん」

「……とうの昔に終わったなんて言いながら、部屋の事…越そうかって口にしたら…。私は待ってたんだって…。どこにも行かずに…変わらずにあの部屋に居さえすれば、稜が…帰って来るかも知れないって。
もう会わないって言っても、気が変わって戻るかも知れないって、…それだけをどこか頼りに、…だから一人で居られたんだって。駄目ですよね…こんな考え方してたら…忘れるどころか…ぁ」

掴まれていた腕を引かれ抱きしめられた。…陽佑さん?…え?

「こんな涙目で…。フラフラ出て行ったら心配するだろ、ちゃんと帰れるのか。危なっかしい……なぁ…俺のところに来ないか…そうしろ。そうしろよ…」

「…え」

「いいから…。俺のところに来いよ」

好きかどうかなんて、気持ちなんてどうでもいい…。

「陽佑さん…?」

「無理に大丈夫だなんて言うな、とか、…本当、色んな事、余裕こいた振りで言ってるけど、俺だって全然大丈夫なんかじゃないんだからな…」

「陽佑さん?」

「…いいから。どんなに囚われて、泣きたくて泣いても、思い出したくなって思って泣くのも、何もかも…そのままでいいから。…梨薫ちゃんが梨薫ちゃんらしく居られるなら、…元の、俺の知ってる梨薫ちゃんになって欲しいんだ」

…あっ。陽佑さんが身体を押すようにして慌てて離れた。

「あ゙ぁ゙、ごめん。ごめんごめん……何か、梨薫ちゃんの様子がさ、ちょっと変だと思ったから。ぼーっと歩いて、帰り、危ない目に遭ったら駄目だから。心配したんだ。
しっかり、前見て帰れよ?いいか?
危ない目に遭いかけたら必死で連絡しろよ、な?」

「え、あ、…陽佑さ、ん?…フフ。はい、解ってます。…有り難うございます。ちゃんと前見て歩きますから。帰れますから。フフ」

……あー、解ってないな、これは…俺も慌てて誤魔化したし。…はぁ。馬鹿だな俺は…。ここまでしておいて。…押し通せよ。引っ張って連れて帰ったっていいんだぞ。

「早く。お店に戻ってください。飛び出して来たら、お店の人もお客さんも心配してますから」

…はぁぁ。店で待ってろよって言って、強引に連れて帰ればいいじゃないか…。俺のところに来いなんて言ったんだから。…全く…何やってるんだろうな、毎回…。もう言えなくなったじゃないか。

「…あぁ、そうだな。じゃあ店戻るわ」

「はい、おやすみなさい。有り難うございました。心配しないで。お陰でしっかりしましたから」

「うん…そうか。それなら良かった」

あぁ、はぁ…、そんな…こっちの気に何も気付かず、くしゃっとした可愛い顔して笑い掛けないでくれるか…。
俺の…渾身の告白も通じなかったか…。ただの励ましの為の言葉だと思わせてしまったか…困ったら俺の部屋を使えばいい的な…。はぁ…ここまで受け流されると…、やっぱり俺は、ほぼ身内みたいな感情しか持たれてないのかな…。あれこれ悩み事を聞いて…馴れ過ぎてしまったか。
そうだよな…色んな事を曝け出して…もう今更ドキドキするような対象ではなくなってしまったってわけだ…。はぁ…悲しい…切ないわ俺…。
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