恋の人、愛の人。
5時か…。こんなに早く暮れちゃうんだ。
…夕暮れは…寂しいね。
空が色付いても、朝の輝くような光とは違う気がする。
気持ちで見るからかな。これから暗くなるって知ってるから物悲しいんだ。暖かさも無くなっていくし。やっぱり寂しいよね。
…はぁ。馨さんが言ってたタクシーって。来るのかな。もう、沈み切ってしまったら暗くなる一方なんだけど。
「梨薫ちゃん…」
え?
「あ、陽佑さん。え?陽佑さん?」
「母親が何だか、勝手に話を押し付けたみたいで悪かったな。大丈夫だった?」
「はい。…あの、え?じゃあ、陽佑さんが、無料のタクシー?」
「そうだよ、そのタクシー。陽もすっかり沈んだし…帰ろうか」
「はい。あ、でも、…あ、そうか」
「ん?」
「…お仕事があるんですよね」
帰らなくちゃいけないんだ…。
「そうだな」
…ん?泊まりたいって事なのか?…解らないな…。
「陽佑さんも見ました?あ、車は?」
「車は別荘。夕日は…見てたよ」
後ろから、隠れてね。
「あ、また、別荘で見てたんですね」
「…そうだな」
違うけど。
「…寒くなるから、帰ろう」
梨薫ちゃんは上着を来ていない。夕日を見る迄は居るつもりはなかったんだろう。
「はい」
別荘に入る事はなく、建物の前に駐車してあった陽佑さんの車に乗った。
帰る間、ずっと無言だった。道は渋滞していた。緩いカーブの先の方まで赤く連なるテールランプをただ眺めていた。
いつも自分から沢山話し掛けるのに、話さない事も今は特に気にはならなかった。ずっと考え事をしていたからだ。
マンションに着いた。
「ここまで送ってもらって有り難うございました。タクシー料金は、お店に行く事でこつこつお支払いしますね。何だか、次々と、返す事、加算されるばかりで。これではずっと行っても追いつかないままですね。…一生通わなくちゃ駄目ですね…」
車を降りてお礼を言った。…陽佑さん?
降りて運転席側に居た陽佑さんは無言だった。
…ずっと来ればいい。いくらでも、俺のする事がただの"貸し"と思うなら、ずっと来てくれ。ずっとだ。
「ん…ぁ、…いいよそんな一生なんて大袈裟な。それほどの金額じゃない。店には普通に来たい時に来ればいいから。じゃあ、俺は仕事があるから行くよ」
「はい、何だかすみません。有り難うございました」
帰って行く車を見送った。
…はぁ。今、このタイミングで攻められなかったのはやっぱりミスなのかな。だけど、俺に何も、警戒心も好意も持たない彼女を…抱きしめる事も出来ない。多分それを彼女も望んでないからだ。タクシー料金はこれでいいよと言って抱きしめたところで、それだけだ。感情は特に動かない、特別な反応はないはずだ。料金だから。割り切られてしまう。これで相殺って、これは高いのですか安いのですか、なんて言われるだけだろうな。フ…間違いないな。はぁ。
確かに気持ちは言わなければ解らないだろうが、言わないと解らないって事は……例え少しでもいいなと思ってくれていても…向こうも言って来ないのなら、その気はないと同じって事じゃないのか。
それでいいと思ってるって事だ。…まさか、ちゃんと言われるのを待ってるって事でもないだろう。……ないだろ?…。
【ちゃんと迎えに行って無事送ったから】
何をもう送ってるのよって、思ってるだろうな。
【そう、ご苦労様、『あっしー君』】
あ、…。死語だぞ、これ。そうだよ、その通り、ただのあっしー君だよ俺はな…。