恋の人、愛の人。
「…私…そんな事…まだしてませんから!…」
あ、…。また、大きな声で…。
「………まだとかも、可笑しい言い方ですけど…とにかく誤解しないでください。ありますから、ちゃんと。…あ」
もう、余計なことまで…。
最初の方、陽佑さんに、生理が無い、妊娠したかもって打ち明けている。その相手が陽佑さんだとも。そんな風に取られそうな話だ。お客さんは思ったに違いない。…はぁ。迷惑、かけた会話だ。
「俺は別に…あった誘いが無くなったのかって、そういう意味で言ったつもりだったんだけどな?」
かぁー。…。はぁ、きっと…私の頭は下ネタ好きなのね…。男女の話をしているとそっち方面に思考が傾くのかな。部長とホテルに行った時もそうだった…。
「…もういいです」
「俺は別に悪くないよな?」
「…はい、悪くないです。私の早とちりです…」
「で、ないといけない事まで無くなりましたって、なんの事だ?」
「あー、それは…単純な事です。部長とずっと、会っていないって事です」
「失踪でもしたか」
「もう…またそんな…飛び過ぎです」
「会わない事が気になるって事だろ?」
「気になるというか、まあ、はい。いつも、朝、廊下で会って挨拶してるんです。それがここのところ、ずっと会わないって事なんです」
「だから、失踪だろ」
「え?だから、そんな大袈裟な話では…。会社には来てます」
「梨薫ちゃんの前からだけの失踪だよ。だろ?敢えて会わないようにしてるって事なんだろ?」
「そうだとは思います…」
「…惚気か…それって、私の事を考えてくれてる、気遣われてるって、自分が思ってるって事だろ?」
…。
「自覚はあるんだ…」
…。
「解りませんが…ほどほどには…そうかも知れないなんて思ってます」
会う事が楽しみだって感じに言ってたからです。
「…ふ〜ん」
「私…好きとか、言われっぱなしで…だけど、稜の事があったから」
稜?…あぁ…亡くなった彼の名前か。
「落ち着けるように、放っておいてくれてるんじゃないのかなと思います…でも…それなりには、どうするか、返事もしないといけないのかなと思ってはいます。
黒埼君には、可愛いと思ってしまうからって言ったんです。そしたら、今はそれでいいからって…」
「誰とは言わず、好きになる事に何も問題は無いはずなんだが…まあ、一人でいいかと思っていたら、心も動かないだろうけど。でもなぁ…そんな事言ってても、いいと思ったらドキドキして心は勝手に揺さぶられるだろ。
何だろうな、しっくりこない?て感じなのかなぁ」
「え?」
「ん?…昔の彼が総合力で優れていたんじゃないのかな」
「総合力?」
「そう、総合力のある人だったんだよ、きっとな」