恋の人、愛の人。
首を振った。
「違う。抽象的に思っていただけ。部長は部長という、日頃から関わりのほぼ無い人だから。
ただ朝会うと挨拶をして…紳士的で、おはようと言う声が落ち着いたいい声で、スーツ姿も素敵よねぇって、話題にする対象の人。極端な発想だけど、芸能人に抱くような思いと似たような人だと思っていたのよ。だから、そんな人が稜の親友だと解って、私を好きだったって事も言われて…。どうしても、部長って肩書もついて回るし…。凄く緊張もするのよね」
「梨薫さん…」
抱きしめられた。肩に顔が乗るくらいしっかり抱きしめられた。
「ちょ、黒埼君…こんなところで。人が通るから…駄目でしょ…」
力が強くて解けない。
「俺を…男として見てください。兄貴の弟と知って、弟としか見えないなんて、俺は言われたくない。そう思うなら、別の理由を考えて、俺を遠ざけてください。…弟だからと言われたら、どうしようもないんです」
いきなり。では無い…。
「…ごめんね」
「そのごめんねは、何ですか?」
「いつまでも、このままでいいからって言われて、そのままにしておくのはやっぱり駄目な事なのよ」
「嫌です。いいんです、それで。今から言おうとしている事は聞きたくないです」
…。ふぅ。
「黒埼君。私が部長を好きになるかどうかは解らない事。それはまだ何も知らないから、これからなの」
腕をやっと解く事が出来た。黒埼君の顔を両手で包んだ。
「…黒埼君は稜に似てきた…顔も仕草も…」
「…嫌です、そんな認識…」
…。頬に当てた手を掴んで下ろされた。
「前から…昔から似てました。似てきたのは最近じゃない。それは梨薫さんが、俺と兄貴が兄弟だと知ったからだ。だから、そんな目で見るから…」
「…ごめんなさい、兄弟だから似てるのは当たり前よね。それに、生まれた順番が、兄が先だからって…似てきたっていう言われ方は嫌よね?
二人は似てる。似てるから駄目とか、そうじゃない。…今答えが欲しいなら、私は…ずっと言ってる。黒埼君の事は可愛いと思ってるって。
…馴れ合って、…私がいけないんだけど、じゃれたりして。ふざけてるんじゃないの。可愛いからなの…」
それを好きだからというのなら、当て嵌まると思う。
「いいんです、俺はそれで。兄貴には敵いません。俺は頼りないです。兄貴とは10離れています。凄く…可愛がられたと思います。だからって訳でもないです。でも、…結局、何年経っても頼りないキャラのままなんだと思います。弟キャラ止まりです…それ以上望んでも無理な事、解ってますから。…俺を、…弟のようにしか思えない事も解ってますから。それを、何度も言わないでくれって言って、言わせないようにして引き延ばしてるんですから…」
黒埼君…。
「それでも好きです。…好きなんです、梨薫さんの事が。…好きなんです。好きで好きでどうしようもない。はぁ…もういい加減に諦めろって…出来ないところ。こういうところが子供なんです。
梨薫さん、…好きだ…」
抱きしめられた。