恋の人、愛の人。
階段に腰掛け、海を眺めていた。絶える事なく、波が寄せては返していた。
クゥーン…。え。…あ。
「ゲン…ひとり?ひとりって事はないわね…覚えてくれてたの?」
肘をつんつん鼻先で突かれた。クゥン、クゥン言っている頭を撫でた。
「心配してくれてるの?……有り難う」
「あら、…はぁ、来てたのね」
馨さんだ。
「…こんにちは」
「何かあったのかしら?」
「え?あ、いえ、そういう訳ではありません。
あの、この間は有り難うございました」
「無料タクシーの事?…ゲン、こっちにいらっしゃい」
ゲンは馨さんの横で座った。よく躾られている。
「あ、はい」
「お礼にキスでもしてくれたのかしら?」
「え?いえいえ、そんな事は…」
…とんでもない。
「あら、そうなの?随分、甘えてるだけなのね。陽佑を勝手に呼び付けたのは私だけど」
「え、あの…」
キスをしない事が甘えているなんて、どういう意味?…。迎えに来てくれた陽佑さんの車に、当たり前みたいに乗って帰った事を言われるなら解る。その部分なら…自分でも解っている…。
「貴女は…、人を曖昧に引き付けておくのが上手なのね。気持ちには応えず。それとも本当に鈍感なのかしら。使い分けてるのかしら。
ゲン、こっちよ。…よいしょ…」
離れたところに腰を下ろした。ゲンも呼ばれて行ってしまった。横に座った。
…。
「そんなつもりはないって思ってる?別に悪い事だとは思わないわよ?それは貴女の女として得な部分といったところでしょうから。
自覚が無いのかも知れないけど、そういう態度を取ってるとね、気をつけないと、気がついたら誰も居なくなってしまう事もあるから。来るもの拒まず…誰にも決めないからモテ期…モテ期って、いつまでもあるものではないのよ?…。いつか人柄は見抜かれるから。
誰彼なく、ちやほやされて楽しくいられる事、永遠に続く訳じゃないのよ?
…私に言われたからって、そうね…、陽佑もまあ、人として、迎えに来ないでそのままにしていたら危ない、心配になったら来なきゃいけないと思うけど、急に言って、それでも融通を利かせて来る男って、貴女にとってどんな男かしらね。やっぱり便利なだけのタクシー?
…ゲン、GO!」
ゲンは立ち上がり、加速して駆けて行った。
「今の貴女は、遊びとして楽しむ事もやり切れず、何にも充実してないって事かしらね。…こうして海に来てるなんて、失恋か迷い事よね。嬉しいとか楽しいでは黄昏たりしないものね。
また来てねって言ったけど、どうやら私達は縁はないのかも知れないわね。
では、さようなら。陽佑のお店のお客様の、武下梨薫さん。
気をつけて帰ってね」
「あ、…はい」
…。
腰を上げた馨さんはゆっくりゲンの後を追った。
こちらには戻らず、浜辺の端からリードを付けて一緒に道に上がった。
…。はぁ。辛辣な言葉だった。言われても仕方ない事を言われてしまった…。