恋の人、愛の人。
「…愛されるって、幸せなんでしょうか…」
「ん?好きな相手なら悪い気はしないだろ」
「そうですよね」
「愛される事を幸せかどうかなんて、随分贅沢な悩みだな」
「そうじゃないんです」
「…ふ〜ん。自分の気持ちか…。自然体でいけないなら、その気が起きるまで待つしかないだろ。また言うのか?
もう誰も好きにならなくていいとか、一人でいいって。
あれだ。恋愛したい気持ちになる成分とか、活性でもさせてみればいいだろ」
「そんな…投げやりな」
「ドキドキする事でも、したらいいんじゃないのか?」
「え?」
「くそ真面目に、恋愛にちゃんと向き合わなきゃとか思わないでさ。型なんてないんだから。…こういう事からしないと駄目とか…ないから」
「…目茶苦茶ですね」
「目茶苦茶だよ、目茶苦茶でいいんだ。好きになってる脳なんて、邪な衝動を抑える事なんて本来無理なんだよ。…これは男の理論と言い訳ではあるけどな。なんで冷静で居られる。まだ駄目、って言われるのも大概だし。あ、これはある程度進んだ話?
逆に…我慢出来るなんて、それ程好きじゃないんじゃないかって思ってしまいそうになる。
この微妙な駆け引きみたいなモノも、お互いが合うかどうか、ある意味相性なのかもな。
解らないとか言ってるだろ…ずっと理屈で好きになろうとしてるんじゃないのか?」
それは…。
「黒埼君にしても部長さんにしても。それぞれこうだからと先行する理屈があるから駄目なんだろ。上手くいけないんだ。
そんな事も思わせないくらい、ぐいぐい来る事も今となっては難しくなったようだし」
一度、冷静にさせてしまったからな。
「…母親は、誰を特に強く好きって事もなく、若い時、楽しくしてたみたいだった」
あ。その話…お父さんの話になるのでは。
「だけど、たった一人、いつまでもそんな事をしていたら駄目だって言ってくれた人が居たらしい。自分を大事にしなきゃ駄目だって。大きなお世話、自分だって解ってるって、反発した。だけど、楽しくしていた人間は一人二人と現実を見て、堅実に誰かと歩み始めた。…まあ、当然、一人になるよな。
…俺の父親は、大きなお世話だと母親が跳ね退けたその人だ。…たった一度のコト。最初から一緒にはなれなかった人らしい。それを承知で、だ。一度の激情だけど後悔はなかったってさ。で、俺は生まれた。
あんなに好きになった人は居ないからって。大きなお世話って思うような事、好きじゃなきゃしないし言わないよな…。
一緒にはなれないけどって言った…その男、狡いと思うか?」
「それは…他人が語る事ではないと思います。お互いが納得づくならいい事だと思います」
「その男、一緒にはなれなかったけど、暮らしの援助はしてくれたって。…俺が成人するまでね。…今は…恋人らしい」
「え?」
「向こうが自由になったという事だと思う。何十年越しの恋愛ってヤツ?
俺は顔も名前も知らないけどね。教えない〜って…内緒らしい。まあ、これを運命っていうのか、…執念の強さというのか、男の方の思いが何十年経っても切れなかった、母親もか。…思いを貫いたって、事かな…。いつ何が起こるかなんて、生きている間は何かが動いている、誰にも解らないって事だ。いい事ばかりでもないけど、悪い事ばかりでもないって事だな」
「陽佑さんのお父さんの話…私、聞いてしまいましたね」
「そうだな、言ってしまったからな。誰も知らない。梨薫ちゃんだけが知ったという事だ」