恋の人、愛の人。
「あ…でも、だからと言ってまだ会社に来たばかりで…帰るなんて…ん゙ん」

唇を食まれた。

「俺は節操のない最低な人間だ。だからと言って、ここではまずいだろ」

「そうではなくて…ぁ」

顔を包み直して深く舌が侵入して来た。…意識が持っていかれそうだ。ふらついた身体を支えられた。

「はぁ…これ以上は駄目です。駄目です、部長」

「梨薫…」

また唇を合わせられた。

「…駄目です。…帰り、迎えに来てください。今日は今月の最後の金曜だから、早く帰る努力をする日です。部長も割と早く帰れますよね?」

「今から帰らないのか…」

「それは駄目だって解ってますよね。いくら部長でも今日は段取りは出来てないですよね?急な私からの話だったから」

「ん゛まあ、な」

「部長は部長のお仕事があります。私も私の、しておかないといけない仕事があります。だから、お願いです、今からなんて言わないでください。あ、もう時間がないので…」

胸に当てていた手を離した。出て行こうとしたら腕を捕まえられた。

部長が受話器を肩に、ボタンを押した。
引き寄せられ腕の中に収められた。

「晴海だ。…ん、おはよう。武下君だが、少し用を頼んだ。…ん、そういう事だ。課長は?…では伝えておいてくれるかな。…はい、よろしく」

受話器を戻した。

「そういう事だ。梨薫、これで少し一緒に居られる」

…こういうのはもっと離れ難くさせると思うんだけど。

「少し落ち着こう」

…落ち着いてないのは部長の方では…。

「…こっちに。……いや、…こっちに」

落ち着いて腰を下ろすというのもどうか…。部長の椅子に一緒に座らされそうになったのを止めて、もの凄く沈み込むソファーに、…部長の膝の上に座らされた。

「…止められなくなったら止めてくれ…」

「…えー…部長…」

今、落ち着こうと言ったばっかり…部長…止められない人をどうやって止めろと。

「…大丈夫だ。するのはキスまでだから…」
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