恋の人、愛の人。


「俺、帰ります。もう…泣かないで…梨薫さん」

何故だか寂しそうな表情をしていた黒埼君は、屈み込むようにして私を抱きしめた。

黒埼、君?

「…夢で…泣かないで」

一体いつからここに居たのだろう。寝ている私をずっと見ていたのだろうか。
だとしたら、稜、と呼んで目を開けた事、聞いたのだろうか。

「心配しないで…」

「え?」

「今日はまだ、許可無く内緒ではキスしてないですから。だから、内緒じゃなく、します…」

え?

抱きしめた身体から少し離れ、私を見ている。

「え?」

「写真は撮りませんから…」

…ん。頭の後ろに手を当てられ、唇が優しく触れ離れた。

「……これが、…生身の人間の唇ですよ…」

そう言って上着を手に部屋を出て行った。


…はぁ…な、に…頭が余計ぐしゃぐしゃする。…何…夢も…黒埼君も。

あ…。これって、…毎朝キスして帰ってる…じゃない。もう…なんなのよ。
まるで…、夢の中の稜のキスを消すみたいになったじゃない。
どんな夢を見てたかなんて知らないでしょうけど…。

はぁ、まだほんの少し寝ただけだったみたいね。
時間はそれ程経っていない。
…じゃあ、黒埼君は…端から眠ってなかったって事だ。…。
そうよね、ちょっと考えたら解りそうな事だ。いくら何でも、あんなに簡単に眠るなんて有り得ないって。

何故、稜の夢をこんなに見てしまうのか…。見るから印象付いてまた見てしまうのか。度々見るようになってしまった今ではもう解らない。
昨夜から落ち着いていないから、余計…不安な気持ちで寝てたりしたからなんだろうか…。

稜…稜は元気なのかな…。どうしても考えてしまうでしょ?

稜…。


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