恋の人、愛の人。
・これを恋と言うの?
「じゃあ…、気をつけて帰れよ」

「うん。ご馳走様でした、美味しかったです。結局完食しちゃって。陽佑さんのなくなってしまいましたね。食べて話して…すっきりした気分です。感覚ですけど。解ります?
何だか今夜は長居してしまいました」

「いや…、フ。…バーってそういう場所だし」

陽佑さんは開けたドアを止めるように、背を当て腕を組んで立っていた。

「しかし…無責任な言葉だな」

「え?」

バッグを両手で持ち、何となくブラブラさせ立っていた。

「ん?いや、気をつけて帰れよって言葉だよ」

「え?あ、あぁ。でも、そんなものでしょ?常套句?お見送りの挨拶ですから」

「挨拶っていうか、こっちは本気の気遣いのつもりで言ってるのに、無責任な言葉だよなと思って…」

「え?何を今更…」

責任ある言葉にしたいなら、言葉じゃなくて、ちゃんと送り届けないと駄目だよな。

「ま、とにかく、充分気をつけて帰れよ」

ドアから背を離すと閉めて前に立った。

「ゔん、おやすみなさい」

「ん、おやすみ。…ぁ」

「はい?」

「いや、悪い。また無責任な事、言おうとしたから」

「フフ…ちなみに、何ですか?フフ」

「何か帰り、危なかったら連絡しろって…。
危なかったら連絡なんて出来るかってね、そんな余裕、ないだろうって…だから言う前に、自分でツッコミを入れて自滅した…ハハ」

「フ…フフ。はい、気をつけて帰ります。何かあったら必死で連絡しますから。
では、お気遣い有り難うございました」

わざとらしく頭を深く下げて上げ、顔の横で可愛く手を振って見せた。

「あぁ、本当に気をつけてな」

頷いて、おやすみなさいと言い、歩き始めた。

離れても背中にずっと視線を感じた。何となくだけど、見えなくなるまで見送られていた気がした。
何だか今夜は自分の事、話し過ぎちゃったかな…。陽佑さんだからいいか。



帰りついてエレベーターを降りると部屋の前に人が立って居るのがぼんやり見えた。……誰?…。男の人が、……居る…。
バッグの中、携帯を探り当て、手にした。

「あぁ…良かった…お帰りなさい。今夜は帰って来ないのかと思いましたよ~」

警戒している私をよそに、声を掛けて来た。その声と背格好で解った。
ホッとして息を吐いた。

「はぁ、もう…驚かさないで…黒埼君よね?…どうしたの?…こんな時間に、びっくりするじゃない…急用?」

少し早足で近づいた。…もう…びっくりした。普段居るはずのない人…。居たのは会社の後輩だ。
でも、何故、黒埼君がうちに?

「お帰りなさい」

何だろう…。ちょっと違う印象だ。

「え、あ、うん、ただいま。…じゃないでしょ」

お帰りなさいって…。何。

「どうしたの?こんな時間に。仕事のこと?だったら連絡してくれたら良かったのに…」

「…」

ん?どうしたの?黙られても。聞くのは当たり前よね?間違ってないでしょ。

「お願いします!今夜、泊めてください」

…聞き間違いかと思った。パンと拝むように両手を合わせると頭を深々と下げられた。

「…ぁ、え゙っ!?ちょっと、どうしたの?…いきなり、何…何事?」

部屋の前だし、こんなの何だか仰々しいよ…。

「…追い出されちゃって」

頭を上げながら、もう目が縋っていた。

「…は、い?」

追い出された?

「部屋…一緒に住んでるんですけど…今夜いきなり…」

あ、…追い出された…。そういう事…。突然の修羅場…かな。

「夜、いきなりなの?」

彼女…居たのね…知らなかった。

「はい…何の前触れもなくです…何も持ち出す間もなく、とにかく追い出されました」

『前触れもなく』ね…今夜に限って、ちょっと被る話題ね…。でもそっちは『終わり』って話でもないでしょ…。いきなりっていっても、それなりに何かあるでしょ。何かしたのかな、喧嘩程度ではないって事なのかな。収まらない程の、余程の事…、だとしたらこの後も大変ね。荷物とか、出てる間に勝手に処分されてたりして。あ。

「はぁ。…それは災難…困ったわね。喧嘩でもしたの?」

「喧嘩とは違います…、でも追い出されて困ってます」

ん、まあ、でしょうね。込み入った理由なんて、人に簡単には話せないでしょうけど。

「私が心配してもしようがないけど、荷物とかは大丈夫なの?…捨てられたりはされないの?」

感情的になってると、承諾もなく勢いで処分されたりするから。

「あ、それは大丈夫です。そこまでは、そんな事はしないヤツなんで」

…。あ、そう、なんだ。そこは解り合えて…信じ合ってる部分てところなのかな。

「じゃあ、おやすみ」

ドアに手を掛けた。

「え?…ぇえ゙?……え゙ーーー…」
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