恋の人、愛の人。
・それは愛だな
どうしよう…。こんなに沢山。頂けない、このままって訳にもいかない。
いくら、間違いで奥様に叩かれてしまったとはいえ。…いくらが妥当とか、そんな事ではなく、これは頂く訳にはいかない。
部長とは生活水準が明らかに違うだろうけど、ちょっとのお詫びに渡されるにはとてもじゃないが多過ぎると思う。
そう考えたら、とても申し訳ない事をしたという気持ちが大きいのかと思えない事もないけど。
こういうのは、物とか額より気持ちの問題だと思う。叩かれた事は、謝って貰って済んでいる事なのだ。
どうしよう…部長は突然訪問しても大丈夫なのだろうか。居たら応対して貰えるだろうか。
はぁ、珈琲…、溜め息をついて悠長に飲んでる場合じゃなくなったじゃない。
ちらっと時間を確認した。始業時間まであまり時間がない。
ぐっと飲み干して部長室に急いで向かった。



…ふぅ。もゔ…緊張する場所だわ…。

コンコンコン。

「はい?」

お…渋い低音ボイス…居た。

「たあ、んん…武下です」

声の出し具合が解らず裏返ってしまった。

「はい!」

あ…え?中からドアが開けられた。

「入ってくれたまえ」

「あ…は、は、い」

豆鉄砲をくらってしまった。まさか、部長が直々にドアを開けてくれるなんて…。待ち構えていた…とかでは、無い、よね?はぁ、緊張が増して来た…。

「し、失礼します。突然すみません。あの、部長、お時間は大丈夫でしょうか」

「ああ、辛うじて大丈夫だ」

あ、あ、手短にって事だ。
部長はデスクの方に戻りかけていた。きっと出る準備もあるのだろう。

「あの、私のデスクに置かれていたこれは、私に、で間違いありませんですよね?」

手にしていたギフト券の入った封筒をデスクに丁寧に置いた。何だか凄く話し辛い事もあって、言葉遣いも妙になってしまった。

「ああ、そうだ。受け取って欲しい」

「いえ、あの…、でしたらこれは、ご好意だけ頂きます。奥様にも謝って頂きました、受け取る訳にはいきません」

お詫びだとしてもだ。置いた封筒を滑らせて部長に寄せた。

「いや、これは、私のせめてもの…」

コンコンコン。

「貴仁さん」

いきなりだ。ドアが開いて、また奥様が入って来た。

「あら…また貴女…。何故居るのかしら。やはり本当は何か関係があるんでしょ。…会社でコソコソと、…いやらしい。バレないとでも思ってるの?それは何?…手切れ金…」

デスクに目を落とされた。意味深なモノととられても仕方のないような白い封筒のやり取り。まずいことに封筒の上で二人の手が丁度触れていたところだ。それに、今、なんて…手切れ金て聞こえたけど。…いや、違う、違いますよ?

「…和歌子、いい加減にしないか。失礼な事を言うものではない。…君は一体…何なんだ、何をしている」

また思い込んだ奥様は、もう右手を振り上げていた。なんて感情が肉体に直結な人なんだろう。あぁ…もう勘弁して欲しい…。
覚悟して瞬時に身体を硬くして身構えた。
当然当たるものだと思っていたら、振り下ろされた手は当たらなかった。
フワッとムスクの香りがした。部長が慌てて私を背にしたからだ。お陰で部長にヒットしてしまったようだ。

「あ…貴仁さん…」

「部、長…」
< 30 / 237 >

この作品をシェア

pagetop