恋の人、愛の人。
「…はぁ、もういいだろ、帰りなさい…こんな恥ずかしい事は二度とするんじゃない。会社には来てはいけない。解っているだろ」

「貴仁さん…」

「弁護士を行かせる。…もう構わないな?」

黙って部屋を出ようとしていたから声を掛けた。

「あの、本当に、生意気な、失礼な事をしてすみませんでした」

奥様は何も言わず出て行った。謝る気にはなれなかったみたいだ。

「あ、部長、申し訳ありません。あんな失礼な…、奥様のプライドを傷つけるような事を言ってしまって…。軽はずみな事をして…ご夫婦の事なのにすみませんでした」

振り向いて謝った。

「そうだな。関わってしまったな」

「え?」

「私の身辺に女の影は無い。それは本当だ。
気持ちはずっとひた隠しにして来たからだ」

「は、い?」

…そんな事聞かされても…。部長は誰か、心に思う人が居るのですね。そうとれる。

「武下君、…これは受け取らないというのなら、解った、返して貰うよ。その代わりと言っては何だが、食事につき合って欲しい。いいね?」

「はい?」

…食事?

「今日明日という話では無い。また改めて連絡させて貰う。…はぁ、有り難う。君のお陰で妻はきっとすんなり離婚してくれるはずだ。きっかけが出来たよ」

「あ、それは…」

えー…、このままだと、何だか離婚が私のせいになりませんかね…。誤解も解けたような解けないような、微妙に終わってるし…。大丈夫だろうか。

「妻は、生まれてこの方、あんな風に他人に強く何かを言われた事はなかったはずだ。勿論、私にもだ。だから、頬を叩いた以上に効いたはずだよ」

…あ。それは…本当にすみません。

「部長…部長は頬は大丈夫でしたか?ごめんなさい、私の代わりに…庇って頂いて」

「ああ、これか。大丈夫だ。私は掠ったくらいの事だ。それより、この前の君の方が相当痛かっただろ。本当にすまなかった」

部長は顎先に触れていた。
< 32 / 237 >

この作品をシェア

pagetop