恋の人、愛の人。
「え゙、あ、ちょっと…殺生な…」
ドアノブに掛けた手を離し鍵を探った。
「…ちょっと…大きな声出さないで。何?甘いわよ。そんな事情を聞かされて、私がじゃあ、泊まるって言うとでも思った?
昼間なら立ち話もなんだから入る?って言える話だけど。いい?夜よ?
冷静に考えたら、追い出されたからって困る事はないでしょ?ネットカフェとか…カプセルホテルとか、手段はいくらでもあるんじゃない?」
「え、あ、それは…それを言われたら。…おしまいだ…。そうですけど。そんなぁ…武下さ~ん…」
「駄目よ。だってそうでしょ?ウィークリーマンションだってあるわよ?追い出されたのなら、この先、どうせ住むとこ探して決めなきゃでしょ?」
「だとしても…冷たいなぁ…」
冷たいって……本気で泊めてもらえるって期待してたの?
「冷たいも何も。今夜くらい泊めてくれてもって、思ってる?まあだから来たのよね。…ぁ……こんな夜更け近く…、いきなりぬぼっと男が居たら、それだけで驚くでしょ…しかも泊めてくれなんて、本当にもう…駄目に決まってるでしょ?…一応、私は性別、女性なんだからね…そこ、解ってる?」
危うく捲し立てて大きな声でずっと話すところだった。さあ、解ったら帰ってよね?
「…帰りませんから」
「え?」
「…入れてくれなかったら部屋の前にずっと居ます」
「…何を言ってるの…通報するわよ?」
はぁぁ…呆れてしまう…。駄々っ子?
携帯を出した。
「うわっ、嘘。ちょっと待ってくださいよ。え゙ー…、何も…そこまでしなくても…」
「駄目なモノは駄目よ。自分で何とかしなさい。と、に、か、く、泊められるはずなんてないから。解ってるでしょ?おやすみなさい」
鍵を開けて中に入った。
「あ、武下さん…ぁ…」
急いで閉め鍵をかけた。ドアにもたれた。
はぁ…もう、どういうつもりよ…。うちは宿泊施設じゃないのよ…。簡単に泊めてくれなんて言う?来る?
男でしょ?女の先輩の部屋に来る?
…。
静かね…帰ったのかな。しつこくインターホンを鳴らすとか、ドアを叩くとか…されるかと思ったのに、案外粘らないのね。
……ちょっと冷たかったかな…。
いやいや、そう思って覗いて見るのを息を潜めて待ってるかも知れないから。ここは放置よ。
若い女の子じゃないんだから…、今夜一晩の手段なんていくらだってある、心配はいらない。
…。
…はぁ。
息を殺してドアに耳を当ててみた。
…うん、気配もないみたいだし…退散してくれたかな。…ふぅ。
そうは言っても…罪悪感にはかられる…。
大体、先に事情を連絡して来ればいいじゃない…。
そもそも連絡されたらその段階で断ってるか。
そう思ったから、いきなりの訪問だったのか…。