恋の人、愛の人。
「呆れて言葉が出ませんか?」
はぁ…そう、です、よ。
「…ねえ、どういうつもり?こんな…ドラマでしか見ないような事してどうするのよ。…はぁ、ねぇ、あれからずっと居たの?」
「はい」
はいって、当たり前みたいに…。
「本当にずっと?」
「はい。ドアの横に」
「呆れる…とっくにホテルとか行ってると思ってた…はぁぁ」
…どこでもいいから、居られるところに行けば済む事じゃないの…。はぁ。あれからどんだけ経ってると思ってるの。何考えてるんだか…さっぱり。
「あ、奥の部屋の人が帰って来たから、挨拶はちゃんとしておきましたから、怪しくないように」
「ぇ…挨、拶?奥の人?」
「はい、今晩は、て」
ちょっと、もう…怪しいでしょ、それ…。そんな…部屋の前に居る男って。
「…それだけ?」
「入れて貰えないの?って聞かれたから、はい、そうなんですよねぇ、て言ったら、そりゃ大変だ、頑張ってね、って言われました」
「あ、ちょっと……はぁ、貴方ね…はぁ、…勝手になんて事…」
何それ。私が悪者?恋人でも夫婦でもないのに…誤解もいいとこじゃないの…。
「事実ですから」
…そうでしょうけど、もっと言いようがあるでしょ。変な誤解、されちゃうでしょ?
「私が追い出したみたいじゃない。もう…帰ってくれる?」
「嫌です」
…その、強気で居られることが解らない。
「折角こうして部屋に入ったんですから。帰りません。力ずくでも帰りません」
「本当…通報するわよ?」
「どうぞ?」
…本当に通報しないと思ってるのね。それなら…。
携帯を取りに行った。操作して耳に当てた。
近づいて来た。
「どこにかけてるんですか」
「あっ、ちょっと!」
いきなり腕を掴まれ取り上げられた。画面を見てる。
「やっぱり…。通報なんかしてないじゃないですか…」
110番ではない。陽佑さんの番号を表示していただけだ。
「バレバレですよ。登録してある触り方だったから、通報じゃないと思ってました」
…目敏い。
「で、この番号の、この人は誰なんです?」
黒埼君と携帯の番号を巡って攻防戦を繰り広げないといけないのだろうか…。言う必要はない。
「関係ないから。もういいでしょ…返してくれる?」
取り返そうとしたら持っている手をさっと引かれた。
「駄目です、質問に答えてください。本当にこの人に助けを求めようとしたのですか?この番号の人はそういう人って事?」
そういう人って、どういう人だと思ってるのよ…。勝手に勘違いしないで、違うわよ。
「関係ない。返して」
「それ、俺に関係ないって意味?関係なくて、でも、一番に連絡する人って、どういう人ですか?」
…。
「…教えてくれないんだ。じゃあ、このままコールしてみましょうか?俺が聞きます」
「や。止めて、返して…ちょっといい加減に…」
手を伸ばした。
「おっと」
揉み合っても高く腕を上げられてしまっては届きはしない。出来るのは精々腕を掴む事だけだ。
「お願い、かけないで返して。止めて。お願いだから」
今更、余計な迷惑が掛かるから。本気でかけようとしてた訳じゃない。通報なんてするつもりもないからフリに表示しただけだったのよ。
「いいですよ?今夜泊めてくれるなら」