恋の人、愛の人。
…こんな…強引な事。今日、会社で何も変わりなかったのに。何を急に…。強気に攻めて来てるのか…。

「…もう、そもそも…何なの?こんな時間まで。ずっと居るくらいならとっくにどこかに行けてたはずでしょ?鞄はあるのに財布は持って出なかったとでも言うの?財布はポケットに入ってるでしょ?」

部屋を出された事が本当だとしても、一人前の男が、今夜一晩、どうにか出来ない事はないんだから。

「…解りませんか?こうして武下さんの部屋に押しかけて来てるって事。
泊まれるところはどこにだって沢山あるって、そんなの知ってますよ」

…はぁ。

「だから、だったら、でしょ?行って?」

「こんなベタな、解り易い事してるのに。何故か解りますよね?」

「…解らないわよ」

「ふ〜ん、そうなんだ。じゃあ、やっぱりこの番号、コールしてみようかな」

「え、ちょっと。だから関係ないのよ。…もう止めて、いい加減返して」

架けて何を言うのよ。

「いいですよ、どうぞ?」

「え?」

あっさり差し出された。
素直にされると…何かありそうな気がする。
恐る恐る携帯を掴もうと手を出したら、その手を掴まれ引っ張られた。…ほら、やっぱりじゃない…。

「フ。警戒が足りないなぁ。捕まえましたよ…はぁ」

携帯はソファーに落とされた。引き寄せられ、胸に飛び込むように抱きしめられた。

「ちょっと!黒埼君…何するの…離して」

爪先立っていた。強過ぎて…苦しいくらい。拘束する力が強くて、身体を動かそうにもびくともしない。
それでももがいた。

「無駄な抵抗ですよ…。俺がずっと外に居るんじゃないかと、どこかで思ってはいたでしょ?
…いい香りですね。お風呂、入ったんですよね」

黒埼君の腕の中にというより、身を丸めるようにして黒埼君が私に抱き着いていた。

「…ちょっと…もう…離して。何して…もう、離れて!」

離してくれない。

「離しませんよ。簡単には」

余計抱きしめられた。…黒埼君?…。

「こんなの…訳が解らないと思ってる?だけど…凄くドキドキはしてるんだ」

ドクドクしてる事くらい私だって自分で解ってるわよ。

「あ、当たり前でしょ。何…いきなり、会社の後輩に、我が物顔でこんな事されないといけないのよ」

しかも5歳も下の子に…。

「…余裕、なさそうですね」

「ぇえ?」

「ハハハ。かわせる程、余裕はないみたいですねって言ったんです」

「どういう意味…」

「動揺が半端ないからです。どっくんどっくん、煩いくらい心臓が騒いでますよ…」

…もう…離して…。

「そんなの…生きてるんだから、動悸くらいするでしょ、いきなり、こんな状況なんだから」

誰のせいだと思ってるのよ。

「フ…動悸なんて言ってるし。いつもみたいにしてるつもりでしょうが、こんな時は…可愛いですね」

「…何言ってるのよ、もう、苦しいから…もう、放しなさい…」

「嫌です。離しません」
< 7 / 237 >

この作品をシェア

pagetop