恋の人、愛の人。
「はぁ…、別に、いきなりとって喰おうなんて思ってませんよ」

「え?」

「ちっとも反応してくれないから、…こうして…意を決して来てるんじゃないですか」

「え?…え?」

何を言ってるの?

「…まあ、いいです。そう、ですよね。…はぁ…」

…ん?…解放された。…でも、ちょっと…何してるの?

「今夜は、あ、ここでいいです。本当に困ってるんです。だから泊めてください」

あっさり離れたと思ったら、上着を脱いでネクタイを解き始めた。

「あ、黒埼君?」

「ご心配なく、寒くもないんで、このままで大丈夫です」

携帯を取って私に渡し、ソファーに横になると腕を組んで瞼を閉じた。

え、…何、ちょっと、…寝るつもり?本気?……はぁ。…もう。

「黒埼君…」

「…何ですか?」

「何?」

喧嘩してても、居るんでしょ?彼女。

「フ。何て、なんですか?…聞いたのはそっちですよ?」

「こんなのって…」

はぁ…。結局こんな風に大人しくされると、いつもの黒埼君で…、大丈夫かって思ってしまう。さっきの…ドキドキさせないでよね…。

「いきなり意を決したとか言って来てるくせに、襲いもしないのかって、催促ですか?」

「え、ち、違う…そんなんじゃない……上着、掛ける?」

「え?どういう…」

「身体に掛ける?」

「あ…あぁ、いいえ、寒くないんで大丈夫です」

「…そう」

…。

「梨薫さん…」

「…え?」

「もう泊めて貰っていいですよね?…」

「…はい、いいわよ」

「確かに許可は貰いましたからね?」

「…いいわよ。その代わり大人しく…寝てよね」

「解ってます」

フフン、と言いながら体の向きを変え腕を組み丸くなった。

もう…よく解らなかった…。
日頃の様子から悪い子では無いと思ってる。
でも今夜はいい子とは言えない事になる…。部屋を追い出された?…意を決した?…何を言ってるんだか…。
…はぁ。どこまでが本当なんだか…。どうしてこんな事…。
こんな事に…。
おやすみと声を掛け、明かりを消して、私は普通に自分のベッドで寝た。


朝、目が覚めた時には、黒埼君はもう居なかった。

…はぁ。昨夜は何だったのかな。結局、有耶無耶に泊めちゃったし。第一、言ってることの辻褄が合わないのよ。追い出されたってことは彼女が居る。…なのによ。
こんな事、急にするなんて…例え…好きだとしても理解に苦しむ…。違うわね。
この感覚がちょっとした年齢差、ズレなのかも知れない。
若い子で好きなんじゃないかって、気持ちを図れている者同士なら…、突然でもこんな風に部屋を訪ねて来られたら受け入れている事かも…。
胸を押さえた。…嫌だ、凄くドキドキして来た。朝から…考える事ではない。もう止めよう。でも、それって、流されすぎでしょ?…ぇえ?
黒埼君といえども、部屋に泊めてしまった。…はぁ。
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