恋の人、愛の人。
お店はまだ開いている時間だったが、裏に回り、入った。

部屋に入って脱力してしまった。
ベッドに顔から突っ伏した。
…はぁ、疲れた…。とにかく疲れた。神経がすり減った。あまりに濃い時間だった。何だったんだろう。一回切りのお詫びの食事だったはずなのに…。あ、それはもしかして口実?

毎朝、挨拶を交わしていただけの素敵な部長と、最近ちょっとあり、それからご飯、告白と…。有り得ない事が起きている。しかも最近まで妻帯者だった…。
昔から好きだったとか。有り得ない…。本人の口から聞かされてもだ。本当…、有り得ない事だ。

私…人の思いをキャッチする敏感さもなくしていたのかしら。
部長は…そうよ、思いはひた隠しにしていたと言っていた。コントロールが出来ない年齢じゃないものね。
見るからに目がハートになって顔つきが変わるなんて、ならないものよね。顔にも態度にも出すはずがない。私なんかに解るはずがない、なかった。

…稜。また稜の夢を見てしまいそうだ。今日は甘い気持ちを思い出してしまった。…会いたくなった。私が夢に見る事を望んでいる気がする。
夢を操れるはずもないけど、今夜は会える気がした。


シャワーを使っていた。夏場で良かったと思う。色んな物が身軽でいいというか、沢山必要ないからだ。
寒ければかなり長い時間浴びる事になっていただろうし、出たところで、バスタオル一枚ではずっと居られない。

ふぅ。部長、何も言わなかったのにこのバーがある前の表通りで降ろしてくれた。
知っているというのは嘘ではなかったという事になる…。


「梨薫ちゃん?帰ってる?」

「あ、は〜い」

ドアを開けた。

「…お゙」

「え?」

…あっ。

「ごめんごめん、閉めて、早く、一旦ドア閉めて」

「…、あ。わっ、はい。直ぐ何か着ます」

バタン。取り敢えずルームウエアを急いで着た。改めてドアを開けた。

「…ごめんなさい、私がうっかり開けてしまって」

「いや、俺も、もっと気にしておくべきだった。悪かったな」

「そんな…大丈夫です。開けたのは私です、…バスタオルは巻いていたので大丈夫です」

しっかり巻いていて良かった。部屋という空間は気が抜けてしまう。今日は特にぼーっとしてたし。

「あぁ、ご飯は食べて帰って来ただろ?これ、お客さんの旅行土産らしいんだ。食べるかなと思ってさ」

小さい紙袋を渡された。

「いいんですか?」

「ああ、甘いものとか、食べたい時ってあるだろ?賞味期限の長いお菓子らしいから、置いといて食べるといい」

「有り難うございます」

嬉しい。

「まだ水とかあるか?」

冷蔵庫を差した。

「あ、大丈夫ですよ。私の分は自分で買って来るので。何もかも頂く訳にはいかないです。朝ご飯の事だって、代金要らないって言うから…それだって困ってるのに」
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