恋の人、愛の人。
とても簡単な事だけど…はっきり出来る事があった。
今までこんな事はした事がなかった。
してはいけないと思ったからだ。
時間は朝だから構わないかなと思った。

…はぁ。いざとなると勇気が要る。最後の一押しが中々出来ない。躊躇するばかり。

ずっと消さずに残していた稜の番号。
表示させてから時間ばかりが過ぎていた。

…。

押した。コールしている。

…。はぁ。

「…はい」

あ、出た…。出たけど…。

「あ、あの…」

「誰?あんた」

…違う、…声が違う。…言葉遣いも荒い。こんな声じゃない。明らかに違いすぎる。

「あの、蔵下さんではないですか…」

違う。違うのは解ってる。

「違うな。…あんた…あんたじゃないか…」

「え?」

「いや、間違い電話、昔も架かって来た事あったからさ、でもあいつとは違うよな…番号変えようかな…」

「あ、あの」

「…何」

「ごめんなさい、この番号、いつから使われてますか?」

「あ゙。そんな事、なんであんたに言わなきゃならないんだよ。何」

「そうですよね、ごめんなさい…」

「あ、まあ、いいよ…大体だけど、2、3年前からだったと思うぜ」

「…はぁ。有り難うございました。朝からごめんなさい、間違って架けてしまって」

「いや、間違いは間違いだけど、あんたにとっては間違いって訳じゃないじゃん。あんたは架けたい相手に架けただけで、それが俺に変わってたってだけだろ」

「あ、…はい、まあ、そう言われたらそうですけど。でもごめんなさい」

「だからぁ、謝るなって。あー、別に怒ってないからな。何だか、悪かったな…」

「え?」

「こんな朝からさ…余程、連絡したい事があったんだろ?この番号の相手に。だから、出たのが俺で悪かったなって事。
あんたの声、震えてる。出たのが俺みたいな奴で、キツかったからだろうけど。
俺さ、こんな奴だけど…繊細なんだぜ?まあ、伝わらないだろうけど」

「あ、はい。はいじゃないですね…有り難うございました」

「連絡、取れるといいな、そのクラシタって奴に」

「はい…有り難うございます。ごめんなさい、切りますね」

「あぁ、じゃあな、バイバイ」

…。あ。切れた…。違った…とうの昔に変わってた。はぁ、架けるんじゃなかった……。でもかけて良かった。そんな繋り。
この、今の持ち主の思いもよらない言葉に涙が止まらない。

着信拒否ではなく、稜は番号を変えたという事は解った。
もう、この番号は稜ではない…。
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