恋の人、愛の人。
「梨薫さん?どうしたんです?何かあったんですか?梨薫さん…」

「お願い…来ないで。…お願い、ここは私のエリアだから」

こんな…放心して、昔の人を思って泣いてるなんて…。
見られたくない。…きっと、困ってしまうだろう。


何を膝に乗せているんだ…。
……写真か?…。あぁ、…写真だ。間違いない。
あのツールボックスには、そんな物が沢山詰まっているのか…。
俺は…。拳を強く握った。

「梨薫さん…」

嫌われたって構わない。

近寄り前に座り梨薫さんを抱き寄せた。

「はぁ…もう、どうしたんですか。久し振りに帰って来たと思ったら」

…。

「…居なかったのよ」

「え?」

「稜がマンションに居なかった…」

「…あ」

俺は息が止まりそうになった。

「何度も稜の夢を見るから…確かめてみようなんて思っちゃって。…今更よね。そんな情熱があるなら…あの頃、直ぐ行動しておけってね。…もう…遅いのよ…。
……はぁ…恐い事…しちゃった。稜の…携帯に電話してみたり、マンションにも行って来たの。…してる事はストーカーだよね」

梨薫さん…どうしてそんな事を…。

「番号も…今は違う人が使ってた…はぁ、…その人、口は悪いのに凄く優しい人で…間違ったから謝ったら、間違いじゃないって言ってくれたの…。思いもよらないこと言われた。
私は架けたい番号に架けただけだからって…連絡、取れるといいねって言ってくれたの。
朝にね…そんな間違い電話されたら、ちょっと、何よって思ったと思うけど、…そんな風に言ってくれて…。
だから、調子に乗ったのかも知れない。
マンションはね、女の人が出たの。もしかしたら奥さんかも知れないよね。…蔵下さんですかって聞いたけど、違うって言われたのは、変な訪問者だと思われたからかも知れないでしょ?奧さんだとしたら、稜に迷惑かけちゃった……。
結局、何も解らなかった…。
この中を見たら、何か手掛かりになる物があるかも知れないと思ったけど、…見なきゃ良かった。何も、しなきゃ良かった……ぁ、…黒埼君…」

…梨薫さん、ごめん。…せつな過ぎるよ。
腕に力を込め、もっと強く抱きしめた。
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