恋の人、愛の人。
「有り難う…」

「え?」

「一人で居たらきっともっとはまり込んで大変だったと思うから。本当、タイミングいい…。
…さてと…お米はそのままよね?使ってないよね?」

「はい、梨薫さんが使っていた物はそのままですから」

「…じゃあ、最悪、塩むすびと、お味噌汁くらいね」

「あ、いいですね、それ。いいですよ。それに熱い緑茶もあるといいかも」

「フフ…冷蔵庫見てからね?野菜が完全に駄目になってなければいいけど」

ツールボックスの中に写真をしまってキッチンに移動した。


「めぼしい物は…卵。野菜はちょっと…使えるかな…」

冷蔵庫を覗けば一緒に横から覗き、野菜を切れば側に立ち、黒埼君はずっと側に居た。

だし巻き玉子を作った。
お味噌汁と言うより野菜の煮物、味噌仕立てみたいな物になった。
使える野菜は全部入れたから具だくさんのお味噌汁になった。

「…出来た。プラスされた物は結局、玉子焼きだけね。
どうする?ご飯はそのままにする?
それともおむすびにする?」

「せっかくだから握ります」

腕まくりをして手を丁寧に洗っている。

「そう?じゃあ、自分のは自分で、ね?」

ラップを引き出して、切り取った。

「…はい、これで握って?ご飯、熱いから、広げてちょっと冷ましてからにしよう?ね?」

まずボールに取り出してトレイに少しずつ広げた。

…。

「梨薫さん…」

後ろに気配は感じていた。

「…もう…黒埼君は直ぐ発情する…」

「仕方ないです。暫く部屋で会わなかったからです…これはスキンシップの一つなんです…」

後ろから抱きしめられた。

「でも…今日はちょっと大目に見てもいいかな…」

「…え、ほ、本当ですか?…じゃあ…」

身体を回された。顔が直ぐ近くに迫っていた。

「それは駄目よ」

ラップを顔に押し付けた。

「うっ、ぷ………がっ、はっ、はぁぁ…し、死にますって。…はぁ」

顔に張り付いてぺこぺこしたのを慌てて剥がしていた。

「フ、フフフ。ごめん、…大丈夫だった?」

ちょっとやり過ぎたかな。

「大丈夫じゃないです。梨薫さんの人工呼吸が絶対必要です」

また顔が…。

「ゔ……っはぁ、だから、い、息が…死にますって、これ」

ラップを外して顔を見た。
今日は黒埼君をいじめたら罰が当たるかな…。何もしないで抱きしめてくれたし。

…ん。

「……これで、いい?」

「え、あ、梨薫さん……じゃあ俺からも、します…」

顔に触れようとしたが、その手は握られて下ろされてしまった。

「駄目。私はいいの。あー、もう…、これ以上は…発情しない。禁止!」

腕は身体の横に揃えられた。
…悪魔だ…はぁ。後ろに矢印形の黒い尻尾が揺れてるんじゃないのか…。

さっき、俺の首に腕を回して、唇を触れさせた。本当に掠るくらいの…キスとも言えない程のモノだった。…。

「梨薫さ〜ん」

「もう、また、押し付けるわよ?…はい。新しいラップ。もう冷めてるから。
おむすび作ってご飯にしよう?
はい、お塩。あ、控えめにね?」

「…は〜い」

黒埼君…耳も尻尾も見えそう。しゅんとしたわんこみたい…。ごめんね。
こんな…、年齢からしても立派な男の人なのに…、どうしても可愛く見えてしまう…ごめんね、からかうような仕方で、して…。
< 88 / 237 >

この作品をシェア

pagetop