恋の人、愛の人。
「梨薫さ〜ん。俺を弄ばないでくださいね。いや、…弄んでもいいです」

「フ…フフ、どっちなの?」

「どっちも。気分によってでいいですから」

…。

「何言ってるの…大の男が遊ばれてどうするのよ。しっかりしなさいよね。
こう言っては何だけど、…真剣な気持ちで好きって言ってくれたんでしょ?」

「そうです…だからこそ、今はそれでもいいんです。今の梨薫さんに必要ならです。
俺が好きだと言った状況と、今は…違ってるから」

…。

「要らないわよ」

…。

「俺は…いつでもいいですから。準備はいつも万端です」

「…どんな準備よ」

「さあ、来なさい、っていう揺るがない構えです」

どんと胸を叩いた。

「ゔ…ごほっ」

…馬鹿ね…もう。

「…有り難う。片付けるわね」

食べ終わった食器を運んだ。


「梨薫さん…。今日はこっちに泊まりますよね?」

どうしようかな…別に、足りない物がある訳じゃない、元々の部屋だから。泊まる事に問題は無い。
あるとするなら…隣で食器を濯いでいる、この…見た目は立派な成犬、中身が子犬になってしまっている彼だ。
何も無く居られる自信が無い…。もし、そうなったら、解らないけど…黒埼君に何か重いモノを背負わせてしまう気がする。

「戻ろうかな…」

「えっ、もう、遅いから、うろうろしない方がいいでしょ?」

…。

「ここに居る方が危なくない?」

「それは…梨薫さんの気持ち、心持ち次第だと思います…」

そうよね…。なし崩しみたいにしてはいけない。

「そう…うん。やっぱり戻る、その方がいい」

「え、どうしてですか」

…。

「今夜は黒埼君が大人じゃないから。…仕事してる時と凄い違うんだもの。…だから」

私も大人になり切れないかも知れない。

「それは…ついはしゃいでしまったのは嬉しいからに決まってるじゃないですか。…こんな言い方は梨薫さんのここに来た気持ちを思ったら無神経だと思いますが、プライベートで会うのは久し振りなんですよ?
帰って来たら玄関に梨薫さんのパンプスがあって、慌てて部屋に行ったら、幻じゃない正真正銘本物の梨薫さんが居て…。
嬉しいに決まってるじゃないですか」

梨薫さんが夜居る部屋は知らない。会社から帰る梨薫さんの跡をつけるなんて事はしていない。
だけど…何でもないと言っていたあの電話番号の人のところに泊まっているんだと俺は思っている。

ちゃんとした宿泊先を利用しているのなら、歯ブラシとか、持ち出さないと思ったからだ。
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