恋の人、愛の人。
胸が何だか苦しい…抱きしめられていると身体が可笑しくなりそう…。
「解っている。今日はどうなってる?」
「…え?」
「夜の予定はあるのかな?」
よ、夜の、夜の予定…?
「…あ、いえ、特には」
「では、遅い時間に誘っても構わないか?」
え?あれやこれやと、随分グイグイ来るんだ…。
「…あの」
「解っているんだ。こんな、パワハラやセクハラ紛いな事をして、困らせているのは解っているんだ。解っているんだ…はぁ、すまない」
落ち着いたのかしら…。解放された。私の心臓は暴れている。
「…いえ、そんな事は」
こんな風に言われると、私も曖昧だな…。だから良くない…。
「構わないと思うなら…この番号から連絡があったら出てほしい。私のプライベートの番号だ」
デスクのメモにさらさらと書き込み渡された。割と薄紙だ。…あ。
「部長、下の紙に番号の跡が…。念の為、もう一枚取り除いた方がいいかと思います」
「ん?」
「あ、すみません余計な口出しを。でも、何があるか解りません。誰かが許可なく入って持ち去ったりしたらと思ったものですから。すみません、生意気な事を…」
でしゃばりすぎた発言かも…。
「あ、いや。…冷静だな。そうだな、気をつけないといけない、うっかりするところだった」
部長はメモ用紙をもう一枚確認して、二枚取り去ってデスク下のシュレッダーに差し込んだ。バシャバシャと音を立て、あっという間に刻まれた。
「私はこのメモをなくさないようにしないといけませんね」
気をつけてと言った張本人が雑なことをしてはいけない。
「そうだな…はぁ。私は…何とも、はぁ」
部長が口元を押さえている。
「恥ずかしい程冷静ではないという事だな。さっきは梨薫だなんて、つい呼び捨てにしてすまなかった。どうしても…」
「え?それは、大丈夫です。あの、もう戻ってもいいでしょうか」
思いの外時間をとってしまってる。
『梨薫』と、男の人の声で呼び捨てにされると、ドキッとしてしまうだけだ。
「あ、ああ。あ、ちょっと待ってくれ」
…え?もの凄くギューッと抱きしめられた。部長…。
「こんな私を異常に思うかも知れないが、どうか許して欲しい…」
…部長…声がいいのも考えものですね…。朝から耳元で低音ボイスなんて…。
……どうしてこんなに…急くような事を。