秘め恋
こんな可愛い奥さんがいながら家でまともに顔合わせないなんて、どんな男だよ。
やっかみ混じりにマサはそんなことを思った。
アオイの気持ちが旦那に向かっているのが手に取るように分かる。
疲れていても、多少の面倒事が起きても、ただこの人のそばにいたい。そう思っているのは自分だけで、彼女には帰るべき家があり、愛する旦那がいる。車を発車させて朝来た道を戻っていったら、その末に待ち受けるのはさよならの時間だ。
次はいつこんな時間をアオイと過ごせるのだろう。もしかしたら二度とこんな日は来ないかもしれない。それは、今の自分には想像のつかないほど寂しく苦しい時間になりそうな予感がする。怖かった。
離れたくない。今アオイがそばにいるうちに、彼女の顔を、表情の移り変わりを、余すことなく記憶にしまっておきたい。マサは強くそう思った。
「ごめん。ご飯はナシでまっすぐ帰ろ。食べたら眠くなって運転できなくなりそうだから」
嘘だった。疲れはあるがまだ余裕で起きていられる。
「でも、指輪探し手伝ってもらったし、何かお返ししたいよ。そうだ! だったら運転代わろうか? 私まだ全然眠くないから任せてっ」
「ありがと。でも、保険の関係で自分以外の人に運転させたらダメって言われてて」
これは本当だ。初心者で未成年なのもあり自動車の任意保険料はやたら高い。親の懐事情も相まって、保険料を抑えるべくマサの車で他者の運転は認められないことになっている。
マサは今それを都合よく言い訳にしていた。
アオイの方が運転歴は長いのだろうからマサより圧倒的に事故率も低いだろうし、そうでなくてもマサは親の言いつけを素直に守ろうなどとは思っていなかった。それなのにアオイに運転を頼まなかったのは、一秒でも長く彼女のそばにいたいから。