秘め恋
眠っている自分の唇に、そっと触れた柔らかい感触。一秒か二秒、時間にしたら本当にわずかな時間だったように思う。マサは弾かれたように目を見開き、自分の周囲に視線を走らせた。
今の、何!?
アオイは背を向け同じベッドの隅で寝そべったまま、こちらを見る気配はない。マサの全身が心臓になったかのようにドクンドクンと脈打った。
アオイが俺にキスした? そんな、まさか。
まだ温もりが残っている唇に指をやり、冷静さを取り戻そうと懸命に思考する。衝撃的な寝起きのせいか、仮眠のおかげか、意識ははっきりしていた。さきほどまではなかったシャンプーの香りが浴室から漂っている。アオイがシャワーを終えた証。
そっと上体を起こしアオイの方に顔を向け、彼女の様子を伺った。背中しか見えないので眠っているのか起きているのか分からない。声をかければすむ話なのだが、今はどう話しかけていいか分からず言葉に迷った。
時計を見ると、ほんの短い眠りの時間は一時間にも満たなかった。本当に仮眠レベルの休息。夢を見た覚えもない。それなのに妙に幸せな夢を見ていた心地がする。そこから突如キスのような感覚に触れ、一気に覚醒世界へ引き上げられた。毒りんごで一度は倒れた白雪姫が王子のキスで目覚めた時もこんな感覚だったのだろうか。
まさかな。真面目なアオイがそんなことするわけないし!
自分にとって都合のいい夢を見ていただけ。そう思うことにした。どれだけ想ったってアオイとは結ばれない。現実の苦さに同情した自分の脳内細胞が見せてくれた束の間の楽園だった。きっとそういうことなのだ。
そうだ。そういうことにしよ。それに、アオイのことだけじゃなく、今日はイクトやユミちゃんとも色々あったし疲れてたんだ。うん。