秘め恋

「マサ……」

 アオイの胸に、罪悪感と同じくらいの熱が込み上げていた。人に惹かれた時特有の熱が。

「もう、優しくしないで」

 アオイ一人の店内に、その囁きは淡くにじみ溶け込んだ。心の中に、マサの優しい言動と、それに重なるように仁(ひとし)の顔が浮かんだ。

 最近の仁はやけに明るく機嫌がいい。元々穏やかな人柄ではあったが、結婚後は慣れない仕事に疲れた様子を見せることも多かったので、ようやく笑える余裕が出た仁を見てアオイは安堵した。その安堵は永遠のもの。そう思ってしまうような出来事が起きた。

 仁の方からスキンシップをはかってきたのだ。ここ最近手さえつないでもらえなかったのが嘘かのように彼の方から強い抱擁をしてくる。久しぶりに感じた旦那の体温。仁の変化にかすかな違和感を覚えたものの、そんな旦那の対応を見ていたら、やはりこの結婚生活を壊すような真似はできないと思い直した。

 私は仁の妻なんだ。他の人に揺らいじゃいけない。もう、絶対に。

 身勝手だと分かっている。さんざん甘えておいてそっけなくするなんて、マサからしたら酷なことをしている。

 もう二度としないから。

 明日からは真琴がバイトで店に来る。真琴を雇ったのは当然、仕事探しで困っていた彼女を助けたかったからだが、マサに惹かれ始めている今、真琴が職場にいることで自分を律することができるかもしれないと思った。もしマサに変な気を起こすようなことがあったら遠慮なく指摘してもらえる。
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