秘め恋
男子側の気持ちを何一つ知らないリオは、物憂げに言った。
「慣れないバイトで疲れるのは分かるんだけど、最近のイクト、私に触れてくることがなくなって……。前だったら少しの時間でもくっつきすぎってくらいベタベタしてきたのに、だよ? バイトを理由に避けられてるのかも。私、いつの間にかイクトに嫌われるようなことしたのかな? 自信なくなっちゃって……。バイト先には当然私の知らない女の人も働いてると思うし、コンビニって色んなお客さんが来るでしょ? 年上の綺麗な人がいたら、可愛い子がいたら、イクトがそっちへ行っちゃうのも仕方ないかなって」
言い終わる前に、リオの瞳には涙が溢れ止まらなくなった。
「不安だろうけど、イクトに限ってそんなことは……」
いっそ、旅行計画のことを暴露してしまった方がいいんじゃないだろうか。いやしかし……。
迷いつつ、マサがしどろもどろに慰めの言葉をかけた時、リオはマサの胸元にそっと寄り添うのだった。
甘い匂いの奥にリオの肌の香りが漂う。いわば体臭なのだろうそれはマサの理性の寸前まで迫り、超えてはいけない壁を簡単に突き崩そうとした。
「ちょ、リオちゃん、これはまずいって! イクトに見られたら殺される!!」
「ごめんね、マサ君も迷惑だよね。分かってる。でもね、今すごく寂しいの」
確実に誘われている。マサはそう思った。ここで突き放せるほど純情にも善人にもなれない。リオの体温が行為を促すようにマサの肌を侵食する。
「ダメかな? 二度とこんなことしない。今日だけだから」
「……いいよ。しよっか」
細くて柔らかいリオの両腕をやんわり自分の首筋に回し、マサは彼女を見つめた。イクトとも何度かこういうことをしているのだろうと想像の絵が脳裏をよぎったものの、今は自分が彼女を気持ちよくしたいと感じ、記憶と経験のままリオの唇や肌を愛撫していった。
快楽の海は事の後で熱を失い、冷たい水だけが心に薄く残った。
付き合っていなくてもそういうことができてしまう自分に、長年の親友を容易く裏切れてしまった自分に、マサは少しの困惑と動揺を覚えたのだった。
それで済めばまだよかったがそうはいかず、二人がしたことはイクトもすぐに知るところとなった。リオとイクトの間でどんなやり取りがあったかマサは知らないが、リオはマサとの間に起きたことを洗いざらいイクトに話してしまったらしい。そして二人は別れを選んだ。
リオと約束しておけばよかった。互いにこのことは誰にも話さず秘密にしようと。そうすれば彼女はイクトと別れず、今でも平和な関係でいられたかもしれない。マサは後悔したが、もう遅かった。