秘め恋


「じゃあ、またバイトでねー。あ、これ、ごちそうさま!」

 水のペットボトル片手にそう言い残して。

 真琴の姿が全く見えなくなったのを確かめ、マサは大きくため息をついた。とても疲れた。しかし、悪い疲労感ではなかった。酔っ払いの相手は疲れるとよく言うが、そういうのとも違っていた。

「真琴さんも色々たまってるんだな……」

 それでも、普段は苦労を表に出さず明るくしている。そんなところはたしかにアオイと似ている。真琴が心理学系の大学院に行っているのは、将来臨床心理士になって悩める人を助けたいからだとバイトの休憩中に話していたが、それが本当なら、自分のことより他人のことを優先させるのが真琴の本質なのだろうか。だとしたら、その性質はアオイにも備わっているということか。

 真琴さんは、人の悩みより自分の心の闇を解決するのが先だと思うけど。って、これこそ余計なお世話かな。

 プライベートな話を聞いてしまったせいか、真琴に対しても同情めいた気持ちが生じている。あくまで、少し親しいバイト同士の範囲でだが。

 わざわざ言いたくないような過去を持ち出してまで真琴はアオイとのことを後押ししてきた。よほどアオイを大切に思っているのだろう。それだけは分かる。

「アオイの心に巣食う孤独、か……」

 アオイの旦那には、彼女の孤独を癒すほどの器はないのだろうか。真琴は暗にそれを伝えようとしていたのか。

「んー、分からない!」

 真琴は、明確にアオイの旦那の悪口を言ったわけではない。ぼかしているのだとしても、マサにはそれを決定づけることはできなかった。
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