秘め恋
「変な話聞かせてすいません。店長にそう言ってもらって、なんか少し吹っ切れました。ありがとうございます」
初めて、アオイに対して素直な感謝の気持ちが湧いた。
これまでも仕事上でアオイにありがとうと言ったり言われたりしてきたが、上辺だけで機械的に言っていたそれらと今の感謝は全く違う。心なしか胸の中があたたかい。久しぶりに感じた感覚だった。
「ありがとうなんて、私は言われる資格ないんだよ。なんてね」
自虐的な物言いでアオイは苦笑する。
空気が変わるのを、マサは瞬時に感じ取った。さっきまでとは違う種類の緊張感が背中を伝う。
「どういう意味ですか…?」
「マサは悪くない。これね、半分自分に言ってたんだ」
それまでは苦手意識からあまり直視できなかったアオイの横顔を、マサは食い入るように見つめた。長いまつ毛に憂いが見える。淡い桃色のグロス。アオイはいつもと変わらずナチュラルメイクなのに、この時初めてそれがセクシーだと感じた。
この人こんなに女っぽかったっけ?
いつもと変わらないように見えるのに、いつもとはまるで別人に見える。
マサの視線から逃げるようにアオイは目を伏せ、口元にいびつな笑みを浮かべた。
「同じ経験あるからさ」
「え……!?」
「親友の好きな人、奪ったの。もっとタチが悪いかな。マサは体だけでしょ? 私の場合、親友の片想い相手だって分かってたのに、彼の心を狙って近付いた。親友が許してくれたのをいいことに彼女を結婚式に呼んで見せつけた。彼は私のパートナーなんだよ、って」
「てことは、旦那さんって、店長の親友の好きだった人!? 嘘ですよね? 店長って全然そんな風に見えないですけどっ」
「他の子には内緒だよー? マサしか知らないから。二人だけの秘密にしてね」
いたずらな笑みを浮かべたアオイは、柔らかく念を押すかのようにマサの顔を覗き込み、かと思うと次の瞬間いつもの爽やかな女店長の雰囲気に戻っていた。