秘め恋
客達の会話が静かに波打つ店内で、アオイと真琴の話し声もまた波のひとつとなって交わっていた。
多くの人が会話や飲酒を楽しんでいるのに、大衆居酒屋とは違う品のある雰囲気。薄暗い、連れ合いの様子がほどよく見えるわりに隣の席の人々の顔がはっきり見えない工夫がされた店内照明は、その場にいる人々を開放的な気分にさせた。アオイと真琴もそのうちの一人だ。
日々の悩みや不満も、飲んでいると不思議と薄まってくる。そして、日常に埋もれさせてきた過去の罪が心に舞い降りて、柔い針でチクリと胸を刺される感覚を覚える。
両親はいくつかの会社や不動産を持つ日本有数の資産家で、アオイは大学を卒業したら親の決めた相手と結婚し親の経営する会社を盛り立てるよう言いつけられながら育った。子供の頃は何の疑問もなく親の言葉を受け入れていたが、仁を好きになってからのアオイは政略結婚を命令してくる親に激しく反抗した。
反抗したはいいものの、当時仁とはまだ恋仲ではなかった。付き合っているならまだしも完全なアオイの片想い。それでは親の意見を屈服する材料にできない。
アオイが仁と出会ったのは、玲奈(れな)のおかげだった。
アオイと玲奈は小学校から同級の親友で、高校や大学が違っても月に何度か遊ぶほど仲が良かった。大学三年の頃、玲奈に彼氏を紹介された。それが仁だった。
玲奈は仁に、親友のアオイがいかに素晴らしい友達なのかを自慢したがった。デートの時、玲奈は必ず一度は仁の前でアオイの話をして聞かせた。すると自然に、仁のアオイに対する印象はよくなっていく。
そうしているうちに、玲奈と仁はアオイのことを誘って三人で遊びたがるようになった。