秘め恋
アオイが返事をする前に、マサは彼女の手荷物をスマートに持ち上げ車の後部席に置いた。
面倒事に付き合ってもらうのだからこれくらいは当然。無意識のうちに出た女性との交際歴による産物も、アオイにとっては少々戸惑うものがあった。
「あっ、ありがとう。でも、気遣わなくていいよ。そのくらい自分でやるから」
「別に気なんて遣ってません。普通ですよ」
「そ、そうなんだ、ありがとう」
「お礼を言いたいのはこっちですよ。店長のおかげで、今日だいぶマシな気分なんで」
いつも通り、感情の見えない平坦な口調に反しマサの表情は柔らかかった。それを見てアオイは、やっぱりこの子はモテるタイプだと確信した。
一方でマサは、リードされ慣れていないアオイを見て初々しさを感じた。
この人やっぱり恋愛経験なさそー。年上なのに。いや、年上だから変に気ばっか遣うとか? 職業病?
それは、以前と違い優しい評価だった。アオイに対しリオを重ねていた頃だったら「いい人ぶって何が狙いだ」と曲解していただろう。
「どうぞ。中古ですけど中は綺麗にしてるんで。気になるとこあったら言ってくださいね」
マサが外から助手席の扉を開けアオイに視線を送ると、予想通りと言うべきか、アオイは真っ赤な顔で呆けていた。それはまるで初めて恋人の車に乗る少女のように初心(うぶ)な反応だった。
その瞬間、マサの中に見知らぬ感情が芽生えた。本気の悪意からではなく、アオイに意地悪したいような、困らせたいような。
気になる女の子をからかって泣かせる男子児童の心理ってもしかしてこういうの? いやいや、それはないでしょ。そんな子供時代俺にはなかったし。もう十八だし。店長も大人だし。
思い直そうとしてみたものの、生まれたばかりの感情は理性をいとも簡単に超えてしまうのだった。