秘め恋
しかし今日は違う。アオイにとってプライベートな一日。自由に結婚指輪をつけても許される時間だ。マサのために時間を割いてくれたとはいえ、彼女の持ち物は彼女の意思で身につけていいはずだ。
少し考えたら分かることなのに、マサは分かりたくなかった。こうして話しているとアオイが人のものだなんて思えない。
楽しくて、何より心地よくて。胸の中に明るいものが満ちていく。もしかしたら、これを一般的には恋と呼ぶのかもしれない。
いや、ありえないって。欲求不満なだけだろこれ。最近ヤッてなかったし。そこにたまたま店長がいただけ。俺ってそういうヤツだろ。一時の気の迷い、みたいな?
人を好きになるなんて無縁の人生だった。これからもそれでいい。
だいたい、本気で恋なんかしたらイクトのようになってしまう。幸せな時はいいかもしれないが不幸になると人格まで破綻する。
それを思い知っていたので、マサは自分の理性を総動員し、生まれて初めて心に広がった柔らかい感情を力一杯ひねりつぶした。
好きになったって報われないしね。
なんとか、じょじょに冷静さを取り戻したが、感情に蓋をするのは一種の副作用も起こる。全身が苦味に満ちるのだ。
信号待ちのたびにアオイが手渡してくる一口サイズのチョコレートが、甘く口の中で溶ける。それで正体不明の苦味をごまかした。
「なんか不思議だよ。バイトの子と二人でこうしてるの」
「他の人とは遊びに行ったりしないんですか?」
「新しい子が入って来たら歓迎会も兼ねてご飯に行ったりもするけど」
「俺の時にもやってもらったやつですね」
「それくらいかな。バイトの子は皆学生だから遊ぶ予定があるし、パートの人にはご家族との予定があるしで、誘いづらいっていうのが一番かな」