秘め恋
「何を得意げにっ! 旦那にバレたらまずいでしょこれ」
「バレないよ」
アオイは少し寂しげに目を伏せた後、それをかき消すようににんまり笑った。至近距離でそんな顔をされ、マサはうっかり突っ込む意欲をなくし、そのうえ見惚れた。
「旦那にバレなくてもイクトにはバレるよ。アオイ指輪してたし……。え?」
彼女の左手薬指には、先ほどまでたしかにあった指輪がなかった。車を降りここへ歩いてくる途中で外したらしい。彼女はしたり顔で手のひらに閉じ込めたそれをマサの目にだけ入るようチラリと見せた。
「いつの間に!」
「こんなこともあるかなって」
「どうしてそこまでして……」
「マサのこと守りたかったから」
まっすぐな、それでいて穏やかなアオイの瞳は、優しい海原のように凪いでいる。マサは吸い込まれそうになった。
そっか。さっき俺があんな話をしたから、心配してこの人は……。
イクトが海に誘ってきたのは独り身の自分に恥をかかせるため。マサのそんな思いを受け入れ、アオイは彼女のフリをしてくれたと。
そこまで頼むつもりはなかったし、人妻にそこまでさせるなんて抵抗があった。
バイト先の店長兼友達としてここに居てくれたらそれで充分だったのに。余計なお世話。おせっかい。自分の立場が危うくなるとか、旦那にこのこと知られたらとか、考えなかったわけ?
そう言おうとしたのに、まるで言葉が出てこなかった。正直嬉しかった。イクトの形なき攻撃から守ろうとしてくれたことが。