秘め恋

 とはいえ素直にありがとうと感謝するのも抵抗があり、マサは黙った。

 アオイを見つめる。そこには小顔で綺麗な目をした女がいる。

 普通こういうシーンで守られるべきなのは女のアオイだろう。男女平等を謳う現代に生きていても、こういう時はやはり男の自分が守る側にいたいと思ってしまう。

 ありがとうすらうまく言えないのは情けなさからだった。

 ありがとうって、そんなに難しい言葉だったっけ?

 間近で見つめ合う二人に、イクトの声が飛んだ。

「おーい。人のこと放置で二人の空気作り上げるのやめてくれるー? これ膨らませるの手伝って」

 イクトの手には萎んだビニールボートや浮き輪、彼の足元にはそれらを使えるようにさせる空気入れが置いてある。

 いったん気を取り直してマサが手伝おうとすると、アオイもそれに続いた。しかしイクトがそれを止めた。

「用意は俺達に任せて! アオイちゃんはユミと着替えてきなよ。おーい、ユミ! ちょっと来て!」

 ユミと呼ばれたのはイクトの彼女と思われる女性だった。

 ユミはイクトの声が届く範囲にいた。近くの自販機まで飲み物を買いに行っていたらしい。

「ユミ。マサが来た。その子はマサの彼女のアオイちゃん」

「そうなんだー。マサ君とアオイちゃん、今日はよろしくー」

 缶ジュースを片手に戻ってきたユミは美人で近寄り難いイメージだったが、雰囲気とは裏腹にとても愛想がよかった。
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