秘め恋

 布巾を持ってテーブルを左右に滑るマサの手つきは不自然に力強く、それが苛立ちから来ていることを察したのか、アオイは恐る恐るといった口調でようやく言葉を放った。

「マサの親友からしたらショックなことだったかもしれない。でも、マサにもワケがあったんじゃないの? 親友の彼女にわざと近付くような子には見えないから」

 むやみにテーブルを拭くマサの手がピタリと止まる。大人びた言葉だった。少なくとも今のマサにとっては。聖人君子ぶっているように見えるアオイの口からそんな言葉が出るとは思わなかったのだ。

 マサの中に、その言葉を受け入れる心地が整っていく。しかし、受け入れてもらえたことによる安堵感だけではなく、マサの心の片隅にはわずかな違和感も芽生えた。

 子?

 五歳年下の男に対するその表現が、引っかかる。お互いそこまで年が離れているわけではないのに、微妙な部分で年下扱いされた気がした。そこでツッコミを入れようものならそれこそ子供じみていると思われそうだったのでグッと言葉を飲み込み、あえて流すことにした。

「えー? そんなイイヤツに見えますー?」

 無意識に声がうわずる。アオイの予想外な反応に、マサは少なからず戸惑ってしまった。

「意外すぎて逆にこっちがビックリしますってー。だって、このこと知ってる周りの知り合い、百パーセント引いてたし」

 話すつもりのなかったことがマサの口をついて出る。

 どうにかしてこの話をやめたいが、同時に話してしまいたい衝動にも駆られ、マサはアオイから目を離せなくなる。彼女もまた、一従業員のマサの言葉を待っているように静かに彼と視線を合わせた。

「子供の頃から仲の良かった幼なじみがいるんですけど、そいつの彼女だったんですよ、ヤッた相手。発覚して噂になってから皆俺のこと避けてたから、残りの高校生活ぼっちになって」
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