秘め恋
「行こ。アオイ」
立ち止まるアオイに、マサは手のひらを差し出した。たくましい腕。差し出される手は、男性のそれだった。女の自分とはずいぶん違う骨ばった形。条件反射的にこちらも手を差し出した時、なぜ手をつなぐ流れになったのか分からずアオイはピタと動きを止めた。
「え……?」
「付き合ってるんでしょ、俺達」
「あ、ああ! そうだったね。そういうことか……!」
手くらいつながないとイクトやユミに怪しまれる。付き合って日の浅いラブラブ期のカップルという設定ならなおさらだ。もちろんそれはアオイから始めた嘘で、その嘘にマサは乗り気ではなかったが、今は彼も共犯者になってくれる心づもりらしい。そういうことならと、アオイはマサの手のひらに自分の手のひらを重ねた。一瞬、マサの動きが止まった気がした。付き合っているのが真実のように思える温度が二人の手のひらに生まれる。
「ごめんね、こんなことまでさせて……」
謝ってしまうのは、さきほどからマサに異性を感じてしまう申し訳なさからだった。結婚している身で旦那以外の男性と手をつなぐなんて、成り行き上仕方ないとはいえバツの悪さがつきまとう。独身なら許された行為と感情だった。
「謝らないでよ。むしろありがとって言いたい。俺のためについてくれた嘘でしょ」
「そうだけど……。でも、私なんかとこんなことするのマサは嫌かなって」
つながれた手を意識して、アオイは下を向いた。マサを意識してしまっている。手をつなぐことに対して彼がどう思っているのか遠回しに尋ねるようなことを言ってしまった自分が女丸出しで、とても目を合わせられない。目を合わせたら気持ちを読まれてしまいそうで。
マサに好意を持たれていたら友達にはなれないと思っていた自分がこんな風になってしまうなんて。ただ海に来て日焼け止めを塗ってもらった。それだけなのに。それがとても楽しくて心が満たされる出来事だったなんて、認めたくない。手をつなぐことに対してマサから嫌な感想を告げられたら、今すぐ浮ついた自分をなかったことにできると思った。
それなのに。