あの日みた月を君も
研究室に戻る廊下でアユミのことを考えた。

お互い好きでもどうしようもないことだってある。

好きって言わなければ、お互いが傷つかなくてすむ。

僕はそう思っていた。

マサキの言うように、これから社会に出て日本を支えていく人材になるためには、心の拠り所が必要だ。

既に僕の周りでもお見合い話が浮上しているのも事実だった。

年齢的にも許嫁がいてもおかしくない。

だけど。


僕はアユミ以外考えられなかった。

あんなにも気の合う女性は出会ったことがない。

僕の気持ちを読み透かされているのかと思うくらい、いつも言ってほしいことを言ってほしいタイミングで言ってくれたし、そっとしておいて欲しい時はすっと姿を消していた。

なんていうのか、あうんの呼吸が、僕たちには出来上がっていた。

出会った頃から。

僕もアユミの気持ちが手にとるようにわかる。

だからこそ、自分の気持ちに正直にいれなかった。


研究室の扉を開けると、大きな窓の光が目を刺した。

少しずつ部屋の明るさに目が慣れていく。

部屋の大きなテーブルの前に座って、アユミがノートに一生懸命書き込んでいる姿がぼんやりと見える。

「アユミ。」

他に誰もいなかった。

僕はそっとその名前を呼ぶ。

アユミはすぐに僕の方に顔を上げた。

そして、僕の大好きなかわいいえくぼを作って嬉しそうな顔で笑った。

「来てたんだ。」

ゆっくりとアユミの座る椅子に近づいていく。

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