あの日みた月を君も
アユミは予告通りの時間までにレポートを仕上げ、教授の机の上に伏せて置いた。

白衣を脱いで、ロッカーに直してくると「おまたせ。」と言って小走りに僕の横に来た。

「ああ、うん。急がせて悪かったね。」

「全然。多少急いでた方が勢いがついていいの。」

アユミはペロッと舌を出して笑った。

このまま、時が止まってしまえばいいのに。

吹き抜けた風が、アユミの前髪をふわっと持ち上げる。

このまま抱きしめて「ずっと一緒にいよう。」って言えればどんなにか幸せだろう。

そんな気持ちを秘めたまま、僕たちはいつものように並んで外に出た。

いつの間にか日が暮れるのも早くなって、まだ17時半だというのに、空の向こう側がオレンジ色に光っていた。

「ソウスケ、よかったわね。就職決まって。」

アユミは前を向いて言った。

「うん。」

「私も就職したかったな。」

「うん。」

僕もまた前を向いて歩いた。

「本当はね、薬の開発とかしたかったの。病気の人達の痛みを少しでも和らげる。」

「大切な仕事だね。」

「戦争で心も体も傷ついた人達をたくさん見てきたから。当時は薬も十分になくて本当に見ていてつらかったもの。今は新しい薬の研究がいくらでも出来る世の中になったわ。」

「じゃ、やればいい。」

僕はわざとアユミを困らせることを言ってみた。

意地悪な気持ちとか、そんなんじゃない。

アユミの、本当の気持ちがどこからか漏れてくるんじゃないかって期待してた部分もあったから。



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