あの日みた月を君も
その手をすっと掴んでにぎれたら、どんなにかいいだろう。

僕はズボンのポケットに両手を突っ込んだ。

駅の明かりが見えてきた。

思わず歩くスピードを落とす。

「一人で帰れる?」

そんなこと、当たり前でしょう?って笑われるようなことを言ってしまった。

何度もアユミと帰ってきたけど、言ったことがなかった。

僕はこのまま駅前の商店街を抜けた先に家がある。

アユミは電話で30分ほど揺られた先に住んでいた。

「帰れるわよ。私、いくつだと思ってるの?」

アユミは僕を見上げて笑った。

「そうだね。失礼。」

僕も笑った。

ただ、もう少しこのまま二人でいたかったから。

それだけのことだった。

アユミは自分の腕時計に目をやった。

「終電までもう少し時間があるわ。」

どうして、アユミがそんなこと言ったのかわからない。

僕と同じ気持ちだったからなんだろうか。

「遅くなっちゃうよ。」

自分の気持ちとは裏腹な言葉を返す。

「ここまで遅くなったら一緒よ。」

アユミは前を向いて言った。

「じゃ、少し散歩でもする?」

「ええ。」

「月を見ながら。」

「満月じゃないしね。」

アユミは微笑んで僕の方を見た。
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