あの日みた月を君も
とりあえず、今は演技に集中しよう。

何回も同じセリフ言わされるのも恥ずかしいし。

次は、あまり何も考えずセリフが言えた。

そして、さっきよりも強くカスミを突きとばす。

カスミは「きゃー」と言いながら、上手に倒れた。

担任はその様子を満足気に頷きながら見ている。

よし、とりあえず第一関門突破。

私はそのままヒロの胸に倒れかかった。

ヒロはしっかりと私の腕を抱き留めてくれている。

男の人の手って、こんなにも大きくて固くて強いんだ。

すぐ頭の上にヒロの顔があった。

思わず、きゃーと言って飛び退きたい衝動にかられるのをぐっと堪える。

とにかく、このシーン終わらせなくちゃ。

「大好きだよ。」

ヒロが言った。

ゆっくりと顔を上げる。

ヒロの目が私の目を見つめている。

ドクン。

まただ。

この感じ。

一瞬我を忘れそうになる。

その目から少し外れた場所を見つめて、

「私も大好きだよ。」

と言った。

えっ!

ふわっとヒロの顔が私の顔にかぶさる。

「カット!」

担任の声が響き渡った。

周りの女子達がきゃーきゃー騒いでる。

「まじでキスしてるかと思った-。」

と横にいた男子がつぶやいた。

キスは、してない。

本当にすぐ近くに、ヒロの顔はあったけど。

胸が苦しくなるくらいドキドキしていた。

ヒロは、

「お疲れさま。」

と、何事もなかったかのように私の肩をぽんぽんと叩いて私から離れた。

放心状態ってこういうことを言うんだね。

頭の奥がぼわーんとしてる。

すぐに体がうごかなかった。

「リョウ!ふぬけみたいになってる。」

カスミが笑いながら私のそばにやってきた。
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