あの日みた月を君も
動物園は、予想通り家族連れでごったがえしていた。

なんとか入園して、パンダ舎に向かう。

何やら長い列の最後に『最後尾』と書かれた立て札を持った男性がいた。

念のため尋ねる。

「パンダを見る人の列ですか?」

「はい、そうです。ここが最後尾なんてお並び下さい。」

「見るまでにどれくらいかかりますか?」

その男性が腕時計に目をやり、

「そうですねぇ。2時間はかかるかな。」

と小さな声でつぶやいた。

2時間??!

思わず絶句する。

「2時間かかるけど、ミユキちゃん大丈夫?」

まさかとは思っていたけれど。

「大丈夫です!今日はパンダさえ見れたらそれでいいんです。」

そう言うと、最後尾の立て札の前にささっと滑り込んだ。

僕は、パンダごとき、いやパンダを見るためだけに2時間もこの列でぼーっとしてることには堪えられなかった。

でも、仕方がない。

ミユキは社長の娘だ。

今日はデートしてるわけだし、ここは大人の僕が折れるしかない。

軽くため息をついて、ミユキの背後に立った。

待ってる間、ミユキはパンダへの自分の思いを一生懸命聞かせてくれた。

初めて見たのは父に買ってもらった図鑑だったことや、高校の時、仲良しだった友達がいち早くパンダを見に行って自慢してたこと。

テレビで初めてみて、こんな愛らしい生き物が存在することに感動したこと。

だから、今日、ここにこれて、この列に並べることが、本当に嬉しいんだと言っていた。

ここまで喜ばれちゃ、僕もあきらめて待つしかない。

「ミユキちゃんは大学に通ってるの?」

最近、女性でも大学に通うことが珍しくなかったから聞いてみる。

「いえ、通ってません。」

「そうなんだ。」

「会社の会計について、母に教わっています。将来は父の会社のお手伝いをしたいと思ってます。」

こんなに若いのに、結構先をしっかり見てるんだな。

幼い横顔を見つめながら感心した。
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