あの日みた月を君も
「おいおい、ソウスケ、珍しく興奮してるな。」

マサキはいつもと様子が違う僕に少し驚いていた。

行きつけのバーとやらに向かう途中、今朝社長からあった話をマサキに聞かせた。

「よかったじゃんか、ようやくお前の本来の目的が達成される日がやってきたな。」

マサキも僕と一緒に喜んでくれた。

「ああ、でも急に降って湧いたような話で、まだ実感ないよ。」

「そうだな。まぁ今はまだ準備段階ってとこか。」

「これから具体的に色々決めていくようだから、実感なくてもしょうがないか。」

マサキは足を止めた。

「ここだよ。」

そこは雑居ビルが建ち並ぶ一角にある、地下へ続く階段の前だった。

「ここ?」

「うん。」

階段の横には『MIKA』と書かれた小さなネオンが光っていた。

マサキに続いて階段をゆっくり降りていく。

「なかなか渋いとこ通ってんだな。」

思わずマサキの背中につぶやいた。

「ここのママは、俺が初めて新聞に掲載された記事に関わった人なんだ。」

「記事に関わった人?」

どういうことかは全く想像もできなかった。

階段を降りきると、目の前に小さな扉があった。

マサキがその扉を押すと、チリンチリンと軽やかな鈴の音が響いた。

店内は、とても狭く、ママのいるカウンターを挟んで、丸椅子が7つほど並んでいるだけの細長い空間。

「久しぶりに来たよ。」

マサキはママに声をかけた。

既に2人ほどの客がウィスキーを飲んでいる。

「あら、いらっしゃい。待ってたわよ。首を長くして。」

ママがこちらを振り返る。

茶色く丁寧にパーマがかけられた髪がふわっと揺れた。

想像していたよりも随分若く見える。とても色白で、丸顔のせいだろうか。

赤い口紅が印象的だった。
< 79 / 123 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop