あの日みた月を君も
「もう知ってると思うけど、うちのお父さんの会社が倒産したの。その時に、心配して来てくれたのよ。新聞記者さんだから、色んな事情知ってて気にしてくれたんだと思うわ。」

マサキ。

やっぱりずっと気にかけてたんだな。アユミのこと。

「そうだったんだ。それで、君の連絡先を知ってたんだね。」

「ソウスケ、今、あなたはどうしてるの?」

「僕は、」

言い掛けて、何を言えばいいのか一瞬ためらった。

就職した先の会社の社長の娘と結婚して、今度研究部門を任されることになった、って言えばいいんだろうか。

アユミはどんな答えを期待してる?

僕が結婚したことすら知らないかもしれない。

「・・・就職した化学会社でなんとかがんばってるよ。今度、研究部長に任命された。」

なぜか結婚していることを言えなかった。

「そうなの!すごいじゃない。ソウスケがしたかった研究がまたできるのね。」

アユミは自分のことのように喜んでくれた。

アユミと話していると、どうしてこんなにも心が穏やかになるんだろう。

自分を飾らなくていいんだろう。

話せば話すほど、惹かれていくんだろう・・・。

「アユミは、どうしてるの?」

アユミから何を言われるのか、緊張している自分がいた。

ひょっとしたらいい男性と出会っているかもしれない。

あれだけ器量のいいかわいいアユミだから。

例え、一度結婚に失敗していたとしても。

「マサキくんから聞いてるかもしれないけど、私離婚したの。その後、資格を取ってね、S市民病院で看護婦をやってるわ。」

マサキから聞いた時から変わっていないんだ。

看護婦を続けてる。

「そうか。君には向いてるかもしれないね。看護婦。」

「そうかしら?よくわからないわ。だけど、辛い思いでいる誰かを笑顔にできるのは素敵な仕事だと思う。」

「そうだね。そういうとこがアユミに向いてると思ったんだ。」

「ありがとう。」

アユミは素直に答えた。

「そこには、1人で住んでるの?」

思わず聞きながら喉が鳴った。

少し間があって、「ええ。」と小さい声が聞こえた。

結婚はしていないんだなと思った。

だけど、返事の前の少しの間は、ひょっとしたら、いい男性がそばにいるのかもしれない。







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