愛され婚~契約妻ですが、御曹司に甘やかされてます~
「じゃあ行こう。瑠衣、おいで」

「えっ。今?ちょっと待って……」

「早く」

促され、差し出された手を追うように、足元に置いてあったバッグを掴んで受付カウンターから出た。

私の手をしっかりと繋ぐと、彼は私の手にそっと唇を寄せて軽くキスをした。

「会いたかった。ずっと放ったらかしてごめん。会えなかったことで、瑠衣を責めるのはお門違いだな。悪いのは俺なのに。言い訳はしたくないけど、連絡する隙がなかったんだ」
申し訳なさそうに謝る彼に、軽く首を横に振る。

「じゃあお疲れさま。君も早く上がってね」

呆然と私たちを見つめている沙也加に言うと、彼は歩きだした。

これは偽装。これは演技。彼は本気じゃない。いずれは終わる関係だ。
呪文のように、何度も自分に言い聞かせる。

うっかり忘れてしまうと、たちまち本気で彼を好きになってしまう。

「あの、だけど着替えをしないと。このまま行くのはちょっと」
「ああ、そうだな。だけども今日は、そのままでいいよ。私服はあとで取りに来よう。どうせ服を買ってあげるつもりだったし」

強引な展開に戸惑う私に振り向くこともなく言う。
薄いピンク色を基調とした受付の制服は、華やかなデザインではあるが、このまま出かけるのはさすがに堅苦しいイメージだ。
だけど服を買う?いったいこれから、どこへ向かうつもりなんだろう。

「これからどこへ?」

「実は時間があまりないんだ。説明はあとで。ごめんね?」

私の手を引きながら、少し前を歩く奏多さんの背中を見つめる。

ずっと願って止まなかった恋のロマンスは、想像していたよりも、ずっとにがくて苦しいものだった。
世界が桃色になんて、決してならない。

私の初めての恋人は、決して好きになってはいけない人だった。
そんなことはわかっているのに、繋がれた手を振りほどくことなんかできなかった。


< 57 / 184 >

この作品をシェア

pagetop