フラれるならこの日がいい。

【隼人side】 意味がないよ。

隼人side

「あー、あーづーいー!」
「ほんと、暑いですよね」

 暑い暑いと騒ぎ、Tシャツの襟を高速でパタパタする男の先輩の隣で、俺も控えめに先輩と同じ行動をとる。

 両手には、パンパンに膨らんだゴミ袋2つ。
 その中身の多くは、この暑さに乗じて大量に買われた、空のペットボトルたちである。

 人気のない廊下を進み、1階に降りる。外のゴミ捨て場に行くためだ。

 流石に外に出るためには、生徒用玄関を使わざるを得ない。
 大荷物に足を引っ張られながら、人の流れに飲まれないように歩く。

 何とか靴を履いて、玄関から出る。
 外も外で暑いが、人混みをモタモタして移動するというストレスから解放されて、一息吐くことができた。

 玄関前の広いスペースには、屋台が並ぶ。
 生徒も一般客も、楽しそうに過ごしている。
 自分が今、こうして大変な思いをしていることにも意味を感じて、気持ち的な疲れは消えていくような気がした。

 さて、ゴミ捨て場に行こう、と視線を屋台とは反対方向に移す。
 そのとき、視界の端に、ふと見覚えのある姿が映って、何気なしに確認した。


「あっ」
「ん? どうした?」

 俺の声に反応して、先を進んでいた先輩が振り返る。

「あ、えっと、ちょっと知り合いがいて」
「へぇ、誰? あの背の高い子?」
「・・・・・・はい」

 あれ、さりげなく俺、嘘吐いたぞ。

 知り合いなわけない。
 先輩の言う、『背の高い子』の名前は、直。

 こっちは知っているが、知り『合い』ではない。
 夏菜と同じクラスっていうことと、下の名前しか情報は持っていない。

 直君は、1人で食べ物を買いに来ているらしい。
 俺が様子を窺っている丁度そのとき、直君に2人の女子が気がついて、彼に話しかけた。

「あ、直君! え、1人?」
「あぁ、うん」
「今、暇?」
「まぁ」
「じゃあさ、私たちと一緒に回ろう?」
「うん、いいけど」
「行こ行こ~。どっか回った?」
「いや、・・・・・・」

 そこから先の会話は、もう離れすぎて聞こえなかった。


「へぇ、モテる子なんだね~」
「そう、ですね。・・・・・・行きましょっか」
「うん」



***



「さっき、直君見たよ」


 唐突に言ってみれば、夏菜は特に戸惑うこともなく、「え? どこで?」

「外の屋台のとこで」
「へぇ」


 俺が戻ってきたとき、生徒会室には夏菜以外誰もいなかった。
 聞くと、夏菜が戻ると同時に、生徒会室にいた皆は、急な仕事で駆り出され、出て行ったらしい。

 生徒会室に誰もいなくなるのはヤバイと、先輩のはからいで、仕事をしてきた夏菜は生徒会室待機になったそうだ。



 2人きりの生徒会室で、俺はいきなり、自分の考えの結論から話した。


「告白した意味はなかったんじゃないの?」


 これ、夏菜じゃなかったら、傷つけて怒らせたかもしれないな。


「直はモテるでしょ。優しいから」


 しかし、夏菜は確実に俺の思考の順番を見抜いて、それを前提に言葉を返してきた。

 端から見れば、全く何も繋がらない会話だ。

 今年の4月に出会ったばかりの俺たちは、なぜだか、まるで仲の良い兄弟のように、意思疎通をこなす。


「うん。さっき知った」


 告白なんかしなくても、例え本気でなくても、直君と過ごすことは誰でもできたのだ。

 それなら、告白なんていうリスクを冒さずともよかったんじゃないか、というのが、俺の考えたことだった。


 すぐに夏菜がそのことを理解したということは、少なからず夏菜も同じことを考えていた、ということだ。


 俺は次の夏菜の言葉を待った。



「隼人の言うとおりだよ。フラれるために告白する馬鹿なんていない」


 夏菜の強い意志を秘めた視線が、俺を真っ直ぐ貫く。


「前にも、あれは“けじめ”だって言ったでしょ?」

「けじめ?」

「そう、“けじめ”」


 俺は、夏菜の言う“けじめ”がなんたるかを聞きたかったのだが、彼女は知ってか知らずか、言葉を繰り返すだけに留めた。


 言いたくない、ということか。


 それならば、無理矢理聞くわけにはいかない。


 しかし夏菜にとって、あの告白は何か、他人には分からない重要な意味を持つものらしい、ということは分かった。


 夏菜のスマホが鳴る。

 俺のが鳴らなかった、ということは執行部関連ではなさそうだ。

 夏菜はスマホを操作して、少しだけ、驚いたような顔をした。

 その彼女の小さな表情の変化を見逃さなかったことで、俺がずっと夏菜を見つめていたことに、今更ながら気がついた。


 俺は夏菜に背を向けるように椅子を座り、スマホを開いた。もちろん、夏菜から視線を背ける以外に、特に意味はない。





「さっき、実希と友達になった」



 その言葉の刺激の強烈さに、俺は音を立てて反応した。
 
 机にぶつけた腕が痛い。


「えっ!? なんで!?」


 夏菜は、スマホの画面を俺に見せてきた。
 チャットアプリのトップページが映っている。

 『友だち』の欄に、『実希』の文字。アイコンも、俺の知っている写真だった。

 当たり前だけど、冗談じゃなかったことに、俺は再度驚きを覚える。


 冷静さを失った俺に、夏菜は静かに尋ねた。





「本野実希って、どんな子?」




 それは、夏菜が言うのを渋った“けじめ”の意味とおそらく同じように、俺の過去の核心に迫ることだった。



 実希がどんな人か、を夏菜が知るのは、たいして重要なことじゃない。

 この近辺の中学校に通っていた生徒なら、実希の名前を知らない方が珍しい。夏菜も、いくつか情報は持っているだろう。



 大事なのは、俺の口から、俺の視点から、実希のことを話す。その点だ。


 言わなかったら、どうなるんだろう。
 言ったら、どうなるんだろう。

 今の俺の頭じゃ、予想すらままならない。


「実希は・・・・・・」

「たっだいま~!」


 口を開いたそのとき、生徒会室のドアが開いて、先輩方が帰ってきた。

 一気に騒がしくなる。


「おう、隼人君、戻ってたのか」
「あ、はい。お疲れ様です」
「おつかれ~」


 短い会話を交わしている間も、夏菜は俺から目を離さない。





 あぁ、誤魔化せない。


「帰りに話す」

 小声で夏菜に言い、頷いたのを確認して、俺は先輩に絡まれるまま、最近流行っている映画の話に加わった。


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