シンシアリー
さすがにこれ以上レティシアを怖がらせたくなかったユーグは、「もし冷静さと平常心を保つ訓練を受けていなければ、俺は怒りに任せて即座に公子を殺していたかもしれない」という本音までは言わなかった。

「・・とにかく。それを大公様が御覧になれば、“ふざけただけ”で終わりにしないのではないですか?」
「どうかしらね。私にも・・分からない」

明らかに悲しく、そして自信のない表情に変わってしまったレティシアを見て、ユーグは愕然とした後、静かな怒りが沸々とわいてきた。

・・・なんてことだ。
姫様の“御家庭事情”について、父上から多少聞いてはいたが・・まさか、これほどまでに姫様が精神的に酷く疎んじられた扱いを受けているとは・・・。
そんな仕打ちを受け入れている姫様に対しても、正直腹が立ってしまう・・いや、違うだろ!
姫様は、その仕打ちを、そんな状況を、そんな環境を受け入れるしかなかった。
それしか選択肢がなかったんだ・・・。
と気づいた途端、ユーグはレティシアに対する腹立ちが消え、代わりに不遇な人生を歩んでいるにも関わらず、それでもしなやかに、凛と生きているレティシアが、強く、そして美しいと思った。

だからユーグはレティシアに惹かれているのだと、分かったのである。

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