お前の涙、俺だけに見せて
「セン君!」
後ろから椛さんの声が聞こえてくるけど、千秋が再び足を止めることはなかった。
「千秋、無視してよかったの?」
千秋が歩く速度を緩めたころ、目の前の背中に問いかける。
「あいつの呼ぶ声に反応したほうがよかった?」
「そういうわけじゃ……」
でも、徹底的に無視するのも違うかと……
「俺は花が嫌と思うことをするつもりはない」
「じゃあ名前……」
私はそこまで言って、言葉を飲み込んでしまった。
さすがにわがままが過ぎる。
「名前って……ああ、麗のことか。でもなあ。明星って呼んだら怒られるんだよな」
名字で呼んだら怒るんだ、麗。
いや、麗はいいんだよ。
もう野澤君と付き合ってるし。
私が引っかかってるのは……
「椛さん……」
「なんだそっちか。わかった。椛って呼ぶよ」
「……ごめん」
「バーカ。これは花が謝るようなことじゃねーだろ?」