魔王と王女の物語 【短編集】
荷物はほぼ必要ない。

魔王の影の中に無尽蔵に入るので、出で立ちは旅というより散歩の出で立ちだった。


「僕は魔王たちと一緒に行くから君たちは先に帰っててくれ」


ついて来た騎士団と別れたリロイがひらりと馬にまたがると子供たちが歓声を上げ、コハクも同じようにまたがったのだがーー


「ママをちゃんと守れよな!」


「そうだぞ絶対怪我させるなよ!」


「パーパ、行ってらっしゃい」


双子はともかくエンジェルの見送りについ涙ぐんだ魔王。


「ぐすっ、オレの味方なのはお前とチビだけだ…!」


「コー、旅なんて昔みたいだね。楽しい」


夏の日差しはまだ強く、白いワンピース姿のラスが眩しくてコハクが目を庇う。


「うおお…っ、目が焼かれる!女神!女神が今オレの前に!」


「魔王、先に行くからな」


馬車を引く馬はコハクの魔法によって自動で走り、その先頭をリロイが警戒しながら行く。

ラスとベタベタしていたかった魔王だが、リロイに話すことがあったため馬を寄せてリロイに気味悪がられた。


「なんだよ」


「タダで手伝うと思ってんのか?」


そら来たという顔でコハクを見たリロイは、何らかの見返りの要求をしてくることは予想していたので前を向いたまま頷く。


「言ってみろ」


「うちは今人口過多でな、これ以上人数を受け入れることができねえんだ。…つーわけで。魔物を殺ったらその街はオレが頂く」


「ここから離れてるんだぞ。僕の国が統治するのが最善だろ」


「でかくなったらうちのチビ勇者共に任せる。お前んとこのガキとも会いやすくなるだろ」


ーー魔王は丸くなった。

本人は認めようとしないだろうが、様々な困難をラスと乗り越えて行くうちに少しずつ柔らかくなってきている。
…あくまで少し、だが。


「わかった。そこは僕に任せてくれ」


「てめえ言っておくけどオレはお前に刺されて瀕死になったこと忘れてねえからな。今後もねちねち言い続けてやる」


わかったわかった、と生返事したリロイの口元に笑みが湧く。

魔王はまだぶつぶつ言っていたがいつものことなので無視してグリーンリバーを出て旅が始まる。
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