悪魔の囁きは溺愛の始まり
ふと兄から言われた言葉が頭に浮かんできた。

『渡部を一花の上司から外す』

そんな会話が甦る。


「青山。」


渡部さんの声に我に返った。

私をじっと見つめる目は鋭く、私の心の内を読み取ろうとしている。


「以前、俺が青山に言ったせいだろ。」

「………。」

「俺なんかが近くにいたら困るって事だろ。」

「ち、違うよ。私は渡部さんの下で頑張りたいと思ってる。」

「でも社長や副社長は違う。」


返す言葉が見つからない。

渡部さんの言葉を否定できてないからだ。


「青山、俺はもっと一緒に仕事をしたかった。恋愛感情は別として、部下として一緒に仕事をしたかった。」


立ち上がる渡部さんを見上げれば、視線を外した渡部さんが休憩室から出ていく後ろ姿を見送る。

掛ける言葉が見つからない。

私も渡部さんの下でもっと頑張りたい。

寂しそうな背中が胸を締め付けた。
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