悪魔の囁きは溺愛の始まり
「おい、青山、大丈夫か?」

「へっ?」

「手が動いてないし、頭も働いてないだろ。疲れてるんじゃないのか?」

「あっ、いえ、考え事を。」


慌てて途中だった仕事に取り掛かる。

渡部さんの視線に気づき、チラリと隣を見たが眉間に皺が寄っている。


「機嫌が治ってる。」

「へっ?」

「さっきまで物凄く怒ってたように感じたが?」

「あっ、ああ。」


曖昧に返事した。

まさか社長に直談判なんて、それこそ『娘だから』と思われても仕方ない。


「頭を冷してきただけです。」

「そうなのか?まさか社長に……。」

「そんな事はしません。」


さらりと嘘をついてしまった。

疑いの眼差しを無視して仕事に集中した。

そんな私に諦めたのか、渡部さんは何も言わなかった。

忙しさが余計な事を考える暇を作ってくれない。

今の私には丁度良い環境だ。

一段落したら、もう一度だけ、父と兄に渡部さんの件を交渉しよう。

今は目の前の仕事を片付けなければ。

気持ちを入れ替えた。
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