お見合い結婚時々妄想
母との再会 ★慎一郎視点★
「お義父さんには私から言っておきます。だから慎一郎さんは、何も心配しなくてもいいからね」


祥子から母の連絡先を受け取った次の日、弟の祐二郎と会うことにした
大事な話があるからと言ったら、じゃ、家に来てと言われたので、仕事帰りに、祐二郎の家に行った


「そう言えば、いつ産まれるんだっけ?」
「あと、2ヶ月くらいかな?」
「兄貴が父親かあ。なんか不思議な気分だな。父さんも年甲斐もなくはしゃいでたし」
「そうだな。これからもよろしく頼みます、叔父さん」
「いや、俺は祐兄ちゃんと呼ばせる。叔父さんとは呼ばせない」


ははっと笑いあって、祐二郎が話って?と聞いてきた
僕は、母の連絡先が書かれたメモを祐二郎に見せた


「これ、何?」
「祥子が父さんから預かってたらしい。母さんの連絡先だよ」
「え?」
「父さんは、僕達が一緒に母さんと会うことを望んでる。祐二郎、お前はどうしたい?」
「いや、ちょっと……何で祥子さんが?……何で、父さん……」


祐二郎は訳が分からないと言うような顔をしていた
僕は、祥子に聞いたことを最初から祐二郎に話した
父さんと母さんが連絡を取り合っていたこと
僕が母さんのことを祥子に話した時に、このメモを渡して欲しいと頼んだこと
その時は、祐二郎と一緒に会いに行って欲しいと思ってること
そして、母さんは元気に暮らしているということ


「多分祐二郎が先に結婚してたら、この連絡先を祐二郎の結婚相手にも託しただろうね。祥子と同じように」


祐二郎は表情一つ変えずに聞いていた


「祐二郎、僕は母さんと会いたいと思ってる」
「……会いたいって、何だよ」


祐二郎を見ると、下を向いたまま拳を握っていて、その拳は小さく震えていた


「兄貴いつも俺に言ってたよなぁ。母さんの話はするなって。特に父さんの前では絶対するなって。ちょっとでも俺が母さんのこと口にしようもんなら、めちゃくちゃ怒ってたのは兄貴だろ?それを今更……自分が会いたいから一緒に行かないか?お前はどうしたい?……ふざけんなっ!」


バンッと拳をテーブルに叩きつけて、僕を睨み付けた


「俺がどれだけ我慢してきたと思ってんだ!ああ、会いたいさ!会いたいに決まってんだろ!でも兄貴がっ……兄貴が……」


祐二郎が僕の胸ぐらを両手で掴んで揺さぶる


「兄貴が言ったんだろっ!もう二度と母さんの事を思い出すんじゃないって!兄貴が言ったんじゃないか……兄貴が……兄貴が言ったんだ……思い出すなって……だから、俺は……ずっと……」


祐二郎は掴んだままの両手に額をつけて、そのまま黙ってしまった
僕は祐二郎の後頭部を撫でた


「祐二郎、祐?ごめんな。お前が我慢してたのは、ずっと知ってた。でもな、母さんが出て行った日、あの日な……お前が泣き疲れて眠った後、父さんが泣いてるの見てしまったんだ」
「え?」


祐二郎が驚いた顔をして、僕の顔を見た


「父さんが、泣いてた?」


ああ、と頷く


「部屋で1人、声を殺して泣いてた。それを見たとき、父さんの前で母さんの話はしない、会いたいなんて思わない、思い出したらいけないって……僕が勝手に思ったんだ。それをお前に、祐に無理矢理押し付けた。ごめんな?」


祐二郎は掴んでいた手を離して、涙を拭った


「父さん、泣いてたんだ」
「ああ、だって父さん、母さんのこと本当に大事にしてたからな」
「そうなんだ」


そうかと呟いて、僕に聞いてきた


「でもなんで、兄貴は急に母さんと会いたいと思ったわけ?」
「祥子だよ」
「祥子さん?」


うん、と頷いた


「祥子がね、いつもお腹の子に話し掛けてるんだ。なんてことないことなんだけど、今日はいい天気だよとか、このお花綺麗だねとか、今日のご飯は美味しく出来たよとか、お腹を撫でながら」
「うん」
「その顔見てたら、母さんの顔を思い出した」
「母さんの?」


ああと言って、祐二郎の涙を拳で拭った


「母さんも、今の祥子と同じ顔して僕達に話し掛けてたなぁって、だから祥子に聞いたんだ『お腹の子供のこと、どう思ってるの?』って」
「祥子さん、何て?」
「愛おしいって」
「愛おしい?」
「うん。それを聞いたとき、ああそうかって思った。母さんも僕達を愛おしいって思ってたんだって」


祐二郎を見ると、母の連絡先を書いてあるメモを見ていた


「祐?」


メモを見たまま動かない祐二郎の肩を掴んだ


「どうした?祐」
「本当にそう思われてたのかな?」
「……祐」
「俺達、捨てられたんじゃ……」


祐二郎がそう思うのはしょうがないと思う
現に僕も、母が出て行ってからはそう思っていたからだ
だから余計に、母のことは口に出したくなかった


「じゃ、会った時に聞いてみないか?僕達がずっと思っていたことを、全部」
「聞いてもいいのかな?」
「そのメモ、裏を見て?」


祐二郎は不思議そうにメモを裏返した
そこには父からのメッセージ

『慎一郎、会いに行きなさい』


の文字

「父さん?」
「そう、父さんはそういうのを全部含めてそう書いたんだと思うんだ。僕の勝手な想像だけどね。なあ、祐。一緒に会いに行こう?僕と一緒に。母さんに会いに行こう?」


泣きながら頷いて、小さく言った


「兄貴と一緒なら、行く」


僕は泣きじゃくっている祐二郎の頭を手荒く撫でた
やめろよと言われたけど、笑いながら撫で続けた


「母さんに、電話かけてみようか?」


そう言って、僕はスマホを取り出し、メモに書かれている番号を入力したものの、通話ボタンを押せずにいた


「兄貴…?」


心配そうに見ている祐二郎に、大丈夫と言って、通話ボタンを押した


「はい、森本です」


何回かコールが鳴って聞こえて きたのは母の声だった
紛れもなく、母の声だった
泣きそうになって、手で口を覆った


「あの、どちら様ですか?」
「……慎一郎です」


電話の向こうで母が息を呑むのが分かった


「……慎くん?慎くん、なの?」
「うん、久しぶり。母さん」


嗚咽が聞こえてくる
ただ、何を言うわけでもなく泣いていた
僕もそれを聞きながら泣いていた


「慎くん、元気なの?風邪とかひいてない?祐くんは?祐くんは、元気にしてるの?」
「うん、元気だよ。今、祐と一緒にいるんだ。代わるよ」


そう言って、スマホを祐二郎に渡した


「母さん?……うん、うん……元気だよ。母さんは?……そう……ああ、兄貴に代わる」


携帯を受け取って、母さん?と呼び掛けた


「慎くん、声が博太郎さんに、お父さんにそっくりね」
「そう?ねえ母さん、僕達母さんに会いたいんだ。会って話そう?」
「会ってくれるの?お母さん、あなた達を……」


母さんはまた涙声になった


「うん、いろいろ話したいから」
「……分かった。お母さんもあなた達に会いたい。何を言われてもいいから、会って話したい」
「じゃ明後日、土曜日は?」


祐二郎に視線を向けると、うん、と頷いた


「お母さんはいつでもいいから」
「祐も大丈夫だって言ってる。じゃ土曜日、行くから」
「うん。待ってるね。2人とも気をつけて来るのよ?慎くん、もう1回祐くんに代わってくれる?」


祐二郎にスマホを差し出すと、不思議そうにもしもし?と言った


「……うん、うん……大丈夫だって!俺、いくつだと思ってんの?……分かったよ……じゃ、土曜日に……はい……それじゃ……」


通話を切って、ちょっと不貞腐れて僕に投げてよこした


「何、不貞腐れてんだよ?」
「母さん、なんて言ったと思う?」
「さあ?」
「『お兄ちゃんの言うこと聞いて、ちゃんとお利口に一緒に来るのよ?』だって」


思わず吹き出した
でもそれは、母さんがいつも言ってた言葉だった


「笑うなよ」
「ごめんごめん。じゃ祐くん、土曜日はお兄ちゃんと一緒に行こうなぁ?」
「っ、兄貴まで。やめろよ!」


ははっと笑って、祐二郎の頭を撫でた
明後日は母さんに会える
僕も祐二郎も、ただそれだけで嬉しかった
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