Marriage Knot
約束の前夜の私は、遠足の前の日に興奮しすぎて眠れない小学生のようだった。とはいえ、寝不足は化粧のノリが悪くなるので、落ち着いた気持になるカモミールティーを飲んで、照明を蛍光灯から白熱灯の間接照明に切り替えて、少しだけ眠ろうとした。明け方ごろ見た夢の中には、桐哉さんが猫を抱えて笑うシーンが出てきた。起きてみると、もちろん桐哉さんはいない。そんなことは、つい一週間前まで当たり前で、いくら桐哉さんのことが好きでも、夢に見るようなことはなかったのに。彼はもう、私の心に住んでいた。
日曜日は朝から快晴だった。晩夏のセミは少し衰えかけた声量で物悲しく鳴いていた。私は一通りの家事を済ませて、プレゼントと今日のレッスンの準備が完璧か、入念にチェックしてから部屋を出た。まだ暑いけれど、季節感を取り入れたくて、今日はテラコッタオレンジのブラウスを選んだ。少しだけ、秋の色を取り入れると、気分までもう秋の紅葉が待ち遠しくなる。そして、今年はウェアを編んでプレゼントしたい人がいる。
ただの「講師」と「生徒」だけど。でも、桐哉さんはきっと喜んでくれる。
私は青い空を見上げた。自分の心が晴れていると、空がひときわ広くてきれいに見える。
あの空の色を、もう少しシックにした色合いのブルーの毛糸を探そう。そして、その毛糸でとっておきのアランセーターを編もう。苦手な棒針編み、でも桐哉さんに教えてもらって、そしていつか彼にセーターをプレゼントしたい……。アラン模様はきっと彼に似合うはず。
そんなことを考えながら、地下鉄に乗り、そこから少しだけ歩いて、私は桐哉さんのアトリエがあるマンションに到着した。インターホンで桐哉さんを呼び出すと、彼は澄み切った声で応答して、オートロックの重そうな扉を開けてくれた。私はエレベーターで彼のアトリエに向かう。